英語で日本を学ぼう No.043 瑞巌寺 & 松島・宮城

瑞巌寺 Zuigan-ji Temple

 

日本三景の一つである松島の中心にある瑞巌寺さんに行ってまいりました。

 

瑞巌寺さんは正式名称を「松島青龍山瑞巌円福禅寺」といいます。

 

 

もともとは三代目天台座主(延暦寺のトップ)である慈覚大師・円仁(じかくだいし・えんにん)によって天台宗のお寺、延福寺して創設されました。

 

その後、鎌倉時代に北条時頼によって臨済宗建長寺派(鎌倉)のお寺に変わり、円福寺と改称されます。

 

戦国末期に同じ臨済宗の一派である妙心寺派(京都)へと移り変わりがあり、伊達政宗によって大伽藍が創建され、本堂、庫裏などは国宝に指定されています。

 

 

その本堂の中は、二条城や名古屋城、熊本城の本丸御殿のようにきらびやかに飾られた広間があります。

 

伊達政宗のお抱え絵師たちによって描かれた襖絵などは、絢爛豪華と呼ぶにふさわしいものだと思います。

 

 

禅寺としての静謐な雰囲気に満ちている外部と内部は非常に対照的です。

 

本堂の中は撮影禁止になっているので、ぜひ足を運んでご覧になってください。

 

  

瑞巌寺には松尾芭蕉も松島を訪れた際に参詣しているようで、このあたりの案内板では日本史の有名人たちの名前をよく目にすることができます。

 

やはり日本三景の名は伊達ではないようです。

 

 

 

瑞巌寺参道 Approach to Zuigan-ji

 

納骨や供養のために岩がくりぬいてあるのですが、海岸からお寺までの参道までずっと続いています。

 

西国三十三か所霊場の石仏も並んでいて、慈覚大師の時代の天台宗のお寺だった雰囲気を感じさせてくれます。

 

松島は「奥州の高野 Koyasan of Tohoku」と呼ばれ、極楽浄土を願う場だったようです。

  

 

東北大震災の際に、松並木が軒並みなぎ倒されてしまってお寺の参道としてはすこし寂しいものがあります。

 

しかし、ここからすこしずつ時間をかけてみんなで守っていけば、もとの立派な松並木になるでしょう。

 

歴史に触れていると、昔に誰かが頑張っってくれたおかげで今があると実感することが多くあります。

 

 

今を生きる我々にとって「今」は大事かもしれません。

 

それと同時に未来の人たちからみたら過去になる「今」という視点も非常に大切だと思います。

 

 

 

円通院 Entsu-in

 

瑞巌寺さんのそばに円通院さんというお寺があります。

 

表から覗くと、すてきな参道だったので中に入ってみましたが、素晴らしいお庭があります。

 

 

 

伊達政宗の孫の菩提寺として建立された臨済宗妙心寺派のお寺で、全体的にコケがとてもきれいに生えていて、澄んだ空気感を感じられる禅寺です。

 

 

中門をくぐると本堂の前に心字の池で構成された歴史を感じさせる庭があります。

 

この庭は伊達藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭を移設したといわれています。

 

 

また岩をくりぬいた箇所がいくつもあり、そのなかにお墓が置かれていて、独特の雰囲気があります。

 

おそらくこのあたりの岩は柔らかく加工しやすいのだと思います。 

 

 

 

鎌倉も柔らかい岩が多くある地形ですし、同じように岩をくりぬいた祠があるお寺があります。

 

仙台と鎌倉とよく似た雰囲気を感じることができました。

 

どちらも「武士の文化」を色濃くもっている街なのも理由の一つでしょうか。 

 

 

 

そんな禅の雰囲気を持つ円通院さんは、実はヨーロッパとのつながりがみえるお寺でもあります。

 

伊達政宗は天正遣欧使節を送りヨーロッパとの交流を目指していました。

 

 

三慧殿(さんけいでん)には伊達政宗の嫡孫である伊達光宗を祀る逗子が安置されているのですが、その逗子にはなんとヨーロッパ風のデザインが施されています。

 

 

そのデザインとは バラ(rose)、水仙(narcissus)、ダイヤ(diamond)、クローバー(clover)、ハート(heart)、スペード(Spade)、そして 連結した十字(Linked Crosses)になります。

 

 

バラはローマ、そして水仙はフィレンツェの象徴で、これは使節の代表である支倉常長がローマとフィレンツェを訪れた証だそうです。

 

支倉常長は実際にバラを日本に持ち帰ってきているので、その縁で円通院さんにはバラ園(Rose Garden)があります。

 

 

また、当時の徳川幕府は鎖国とキリスト教の禁止を行っていたので、十字架のデザインはそのまま描くことはせず、十字を斜めにして繋げたものにしてあるとのことです。

 

 

 

日本史の教科書は近畿を中心に記述されるのは仕方のないことですし、神戸人の私にとって近畿圏はどこに行っても歴史の深みを感じられるエリアです。

 

一方、東北仙台にある円通院さんは日本史のメインストリームからは外れているのかもしれません。

 

それでも伊達家の威光は言うに及ばず、徳川幕府の対外政策やヨーロッパの文化が垣間見えるほどスケールの大きなテーマが盛り込まれていることに感銘を受けざるを得ません。

 

 

 

五大堂 Godaido Hall

 

海に面したところに橋を渡っていける小島に五大堂が立っています。

 

ここからは松島の風景を眺めることができ、人気のスポットになっています。

 

 

もともと、この五大堂は坂上田村麻呂が建立した毘沙門堂に由来するそうです。

 

仙台は多賀国府といって朝廷の機関が置かれていたところですし、蝦夷の領域と相対するところだったのでしょう。

 

毘沙門天は武門の神さまなので征夷大将軍である坂上田村麻呂は「蝦夷調伏」をここで願ったのでしょうか。

 

 

その後、慈覚大師円仁が瑞巌寺のもととなる延福寺を創建した際に、毘沙門堂へ五大明王の像を配置したことから「五大堂」とよばれるそうです。

 

 

明王とは仏教に帰依したほかの信仰や宗教の神様たちで、仏教の守護者となったものです。

 

 

五大明王(ごだいみょうおう Five Wisdom Kings)とは5人の明王様のことで、「不動明王」を中心に、東西南北に「降三世明王」「大威徳明王」「軍荼利明王」「金剛夜叉明王」の並びで配置されることが多いです。

 

 

天台系の場合は、金剛夜叉明王の代わりに烏枢沙摩明王が入ることがあるようです。

 

烏枢沙摩明王は「穢れを燃やし尽くす」ということでトイレに祀られることがよくある明王様です。

 

 

その五大堂へ渡る橋はすこしユニークです。 

 

脚下照顧のためにあえて「すかし」がいれてあるとのこと。

 

「脚下照顧」はお寺などによくある「足元をよくみなさい」という言葉ですが、「自分の立場をよく考えなさい」という自己反省の言葉でもあります。

 

 

正直、本当に足元を見てしまうと下が海なので、高いところが怖い人は前を見る感じで渡るのがよいと思います。

 

くれぐれもこけたりしないようにご注意ください。小さな靴が落ちるぐらいの隙間はありますので。

 

 

 

松島 Matsushima

 

「松島や ああ松島や 松島や」

 

 

冷やかしのような句で有名な松島です。

 

これは松尾芭蕉の作とされているようですが、真相は違うようです。

 

 

松島に来た芭蕉はその美しい風景に感動し、「いづれの人か筆をふるひ詞ことばを尽くさむ」と句を作るのをやめてしまったようです。

 

 

 

芭蕉と違って私の場合は、あいにく天候に恵まれず、船から眺めたわけでもないので、あまりいい写真が撮れませんでした。

 

芭蕉を感動させたような松島の素敵な写真は、ほかの方のブログやSNSにお願いしたいと思います。

 

 

とはいえ写真や動画よりも実際に行ってみて感じるほうが、絶対に素晴らしい体験になると思います。

 

私自身もいつか、天候と季節に恵まれたときにゆっくりと松島を堪能したいと思います。

 

 

 

瑞巌寺 英語版・日本語版のパンフレット

瑞巌寺英訳と和訳の説明・解説

臨済宗(りんざいしゅう):Rinzai-sect 

 

 

菩提寺(ぼだいじ):family temple

 

 

霊屋(おたまや):mausoleum

 

故人を祀る構造物で「廟」と訳されることが多いです。

 

 

厨子(ずし):miniature shrine

 

shrine は「神社」の英訳になっていますが、これには理由があります。詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

 

英語で「神社」が shrine(シュライン)「お寺」が temple(テンプル) になる理由(英語うんちく No.019)

 

 

山門(さんもん):Buddhist temple gate

 

 

延命地蔵(えんめいじぞう):the Guardian deity of longevity

 

longevity で「長寿」のことです。平均寿命のように「どれだけ長生きするのか」を示す用語として使われることもあります。

 

 

本堂(ほんどう):main building

 

 

庫裏(くり):priest's kitchen

 

 

鴬張り(うぐいすばり):nightingale alarm floor

 

京都の二条城でも鴬張りは nightingale floor と英訳されていました。私にはどうしても「night in gale 疾風の中の夜」にみえてしまう時があるのが悩みではあります。

 

 

屏風(びょうぶ):sliding doors

 

 

切妻造り(きりづまづくり):gable style

 

gable とは「二枚の板を合わせてつくった屋根」のことです。ジャムおじさんの工場の屋根です。

 

 

入母屋造り(いりもやづくり):hip and gable style

 

hip とは「お尻」の意味もありますが、ここでは「屋根の部分に垂直の側面がなく、すべて斜めになっている屋根」という意味です。屋根部分がピラミッドのように斜面しかないもののことです。

 

hip and gable は屋根の部分に、垂直の側面と斜面の屋根が両方あるからそう呼ばれています。これは大工さんとしても技術の必要な建築だそうです。

 

 

唐草(からくさ):arabesque wood

 

庫裏の装飾にある紋様で、解説文にも「伊達政宗公の美意識 aesthetic sense of samurai ruler Date Masamune 」によるものと書いてありました。

 

アラベスクとは、昔のアラブ圏に特徴的な紋様ですが、日本にはシルクロード経由で中国から伝わったので「唐」となっています。

 

arabesque はフランス語で、語源はイタリア語で「アラブ」を意味する arabo に由来します。

 

 

洞窟(どうくつ):cave

 

辞書などでは cave の大きなものが cavern と呼ばれるとあります。しかし「洞窟」が cave で「鍾乳洞」のことを cavern と呼ぶとの定義もみつかりました。ちょっとよくわからないので保留です。

 

 

供養(くよう):memorial service

 

 

納骨(のうこつ)の場所:cinerarium to house the ashes of the deceased

 

cinerarium とは「遺灰を入れたツボ cinerary urn」を安置するところです。この house は動詞で「収容する」といった意味です。

 

 

神聖な霊場(しんせいなれいじょう):sacred, hallowed ground

 

 

浄土往生(じょうどおうじょう):safe passage to the Pure Land

 

 

平成の大改修:the major Heisei Restoration

 

ちなみに「明治維新」の英訳は Meiji Restoration となっているのをよく見ます。革命(revolution)ではなく、日本の正当な君主である天皇が政治を司る「王政復古」なので restoration です。

 

初代神武天皇の時代には貴族、武士、農民などといった身分制など存在しませんでした。だから「天皇の下の平等」つまり「天皇以外みんな平等な本来あるべき日本のすがた」に帰ろうというのが「王政復古」です。

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