閑谷学校 Shizutani School
岡山県備前市にある閑谷学校に行って参りました。
江戸時代の藩校(clan school)なので、幕末が舞台の大河ドラマに出てくるようなイメージだったのですが、いい意味で裏切られました。
備前焼の瓦をつかった禅宗様式を思わせる講堂(lecture hall)があり、正門(School Gate)からまっすぐみえるところに孔子廟(Confucian Shrine)があります。
校舎を囲む石塀(stone wall)は表面もきれいに丸くに整えられてて生徒を守る龍をおもわせるイメージであったりと、外見も非常にユニークでながめて歩くだけでも感動します。
閑谷学校は庶民のために School For Commoners
この閑谷学校は岡山藩、池田光政公によりなんと庶民の学問のために建てられた学校で、さらには他藩出身の人たちも受け入れていたそうです。
江戸時代は藩=独立国家としての意識が色濃く残っていた時代であり、各藩が設置していた藩校とは基本的には武士の子弟のための学校でした。
そのことを考慮すると、明治以降の近代化に先駆けての先進的な思想といえると思います。
もちろん寺子屋のように庶民が協力して教育をするということは日本中で行われていました。
閑谷学校の教育は、やはり支配階級である武士が行ったにもかかわらず、自分たちの支配構造を確立するためのものでは決してなかったことに意義があります。
一方、ヨーロッパではカトリック教会が聖書を一般信者がよめないようにしていたり、学校は貴族のみ入学が認められていたり、アメリカでは黒人には読書が禁じられていたりされていました。
閑谷学校に見られる精神は、教育・情報を制限する愚民化政策により支配階級が権力の確立・維持をおこなう「欧米のエリート」の典型的な発想とも全く相反するものです。
明治期にはロンドン市民の識字率は20%程度でした。
一方、日本は女性も含めて70%を越えていたというのは不思議でも何でもありません。
さらに英語は文字を表す「表音文字 phonogram」であるのに対し、日本語はひらがな・カタカナに加え、文字そのものが意味をもつ「表意文字 ideogram」です。
日本が数千もの漢字を使う文化圏であることを考えると、単純に統計上の割合における比較以上の意味があると思います。
また中国では科挙という誰でも平等に受けれられる官僚選抜試験(civil service exam)がありましたが、非常に難解で富裕層しか勉強に時間を割くことができません。
また内容も儒学などに限定されていたため、結果として権力階層の固定・思想の硬直化につながり、国そのものが近代化に対応できず弱体化したという背景があります。
現在の日本の受験勉強は欧米型の意図的なエリート優遇による庶民への愚民化政策ではもちろんないといえるのですが、科挙による権力の固定化・思想の硬直化と似た兆候をみせているのが気がかりでなりません。
幕末・明治に日本がみせた世界を驚嘆させた爆発的な推進力は各藩が主体となって武家から庶民まで人間教育を中心に据えたことから生まれたというのが最新の学説です。
大学の偏差値をひけらかしている「戦後生まれの学歴エリート」たちは、幕末明治の人たちの生き様と自らの学歴が同じ土俵にのるレベルだとでも思っているのでしょうか?
忠義を尊ぶ Honor and Loyalty
閑谷学校の教育の内容としては、朱子学 Neo-Confucianism という儒教の流れをくむ思想が中心でした。
これは武士として、人としての基本となる忠義などを重要な徳目とする学問です。
(もちろんそんなにいいことずくめの思想ではないのですが…)。
ただ庶民でありながら当時の「支配階級の思想」を学ぶことができたというのはとても意義のあることです。
世界の歴史をみると「支配者の理念」はエリートで独占し、庶民とは共有しようとは思わないものだからです。
日本の歴史をみると弘法大師空海さんが綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)という身分制度上、国の機関で学ぶことのできない庶民のための学校を創設されましあ。
また幕末には多くの志ある人たちが私塾を開いたりと、学問はひろく庶民にいきわたるべきものという理念が日本文明の根底に流れています。
ここは我々、日本人が忘れてはいけない部分です。
経営視点で学校運営 Education and Management
また閑谷学校の経営についても考え抜かれており、閑谷学校の裏の森は学校の所有なのですが、ここから材木を売って運営費を賄っていたようです。
池田光政公は仮に池田家が幕府により配置換えになったとしても、学校が独自に運営を続けていけるようにと考えていました。
藩の利益のためだけの人材育成ではなく、地域、ひいては日本のために志ある者を育てるという気概をうかがい知ることができます。
学校法人や財団というのは近代に入ってからのものなのでしょうが、その理念や経営方式というものは、閑谷学校にもみることができると思います。
幕末~明治~大正に生きた大実業家、渋沢栄一の「論語とそろばん」の精神もまさに同じものではないでしょうか。
閑谷学校の精神から教育にとって必要な気概をいくつか学ぶことができます。
「教育の根本とは、人としてのありかたを学ぶこと」
「学校は富や身分に関係なく、志のある者を受け入れること」
「学校は理念・精神だけでなく経済的にも独立の気概をもつこと」
閑谷学校の精神を、私もひとりの教育者・塾の経営者として肝に銘じなければなりません。
閑谷学校 英語版・日本語版のパンフレット
2017年9月に新しく資料を頂きました。
足利学校、咸宜園、弘道館も載っていたので追加しておきます。
閑谷学校 英訳と和訳の説明・解説
世界最古の庶民のための公立学校: the world's oldest public school for common people
足利学校: Ashikaga School / Ashikaga Gakko
栃木県足利市にあります。
日本最古の学校: the oldest academy in Japan
足利学校の創建は15世紀とされています。
咸宜園(かんぎえん): Kangien
大分県日田市にあります。
日本最大規模の私塾:the largest private academy in Japan
咸宜園には全国60か所以上から5000人を超える門下生があつまったとのこと。
弘道館: Kodokan
茨城県水戸市にあります。
日本最大規模の藩校: the largest clan school in Japan
水戸藩第9代藩主、徳川斉昭によって設立された藩校です。あの有名な水戸の偕楽園は勉学の休憩の場として位置づけられていたそうです。
英語にも "Work hard and no play makes Jack a dull boy." という言葉があります。机の上で勉強するだけの弊害を歴史に名を残す人たちはみな分かっているようです。そもそも「school」というのも「余暇」が語源ですしね。
日本遺産: Japan Heritage
閑谷学校を含めた上記4校は日本遺産に指定されています。ちなみに日本遺産第1号は鳥取の投入堂です。
投入堂に興味のある方はこちら ⇒ 三仏寺・投入堂
筆と硯(すずり): brush and ink stone
ink とは墨のことでイカのスミ袋は ink sack といいます。そのままやん!
数寄屋造り(すきやづくり): teahouse style
これは思い切った意訳ですね。でも意味はよく伝わると思います。
囲炉裏(いろり): fireplace
直訳すると暖炉ですね。
石塀: stone fence
龍が生徒たちを守るように配置されています。正しく龍のうろこのようにきれいに積まれていて、明治になって積み替えたときに元通りに戻せなかったそうです。さすがに戦国期の石積み職人さんたちはすごいですね。
備前焼の瓦: Bizen ware tile
備前焼に興味のある方はこちら ⇒ 備前焼の町・伊部
漆塗り:japanning
japanの動詞「漆を塗る」はing形で「n」が重なるなんて初めて知りました!ちなみに磁器は「china」です。japan も china も国名の時は大文字になりますが、そうでない場合は注意ですね。
椿(つばき):camellia
有名な椿のようですが、観光客が多すぎると踏まれた根がいたんでしまうので、今は場所はあえて言わないようにしているそうです。
孔子:Confucius
中国語では Kong Zhu などと発音しますが、英語表記はローマ時代に西洋へ伝わった際にラテン語で発音しやすいように転化されたことからこうなったそうです。
儒学者:Confucian
儒教は信仰や呪術的な要素はあまりないので、聖職者や僧侶ではなく「学者」が指導者になります。イスラム教も「聖職者」はいないので、イスラム法学者が指導者になりますね。
朱子(朱熹): Cheng-Zhu / Chu Hsi / Zhu Xi
朱子学の創始者。中国語発音をアルファベット表記でどうするかは悩むみたいですね。
三国無双を昔から英語版でやってますけど、スペルは同じなのに発音はシリーズごとに変わっていきます。
四書五経:Four Books and Five Classics of Confucianism
儒教の基本テキストをまとめてこういいます。
論語(ろんご 四書の一つ): Analects
和訳は「語録」という意味です。孔先生と弟子との対話です。「子曰く・・・」で始まる文が有名ですね。英語だと「Confucius has spoken ...」という訳をみたことがありますね。
大学(だいがく 四書の一つ): Great Learning
中庸(ちゅうよう 四書の一つ): Doctrine of the Mean
mean は動詞は「意味する」、形容詞は「いじわるな」、名詞は「平均、中庸」になります。
いわゆる多義語は品詞で意味が分かれているものがほとんどで、品詞を正確に区別する文法力があれば、多義語をスムーズに理解する助けになります。
多義語を丸暗記してもネイティブのスピードでのリスニングでは全く通用しませんのでおススメできません!!
孟子(もうし 四書の一つ): Mencius
こちらも中国語では Meng Zhu です。そのラテン音化です。
書経(しょきょう 五経の一つ): Book of Documents
易経(えききょう 五経の一つ): Classic of Change
易(えき)は変わるという意味ですね。中国では王朝交代を「易姓革命 えきせいかくめい」といいましたが、それは血縁によって継承されてきた「帝位」が、別の姓をもつ人間によって新しい王朝(dynasty)が始まることに由来しています。
詩経(しきょう 五経の一つ): Classic of Poetry
春秋(しゅんじゅう 五経の一つ): Spring and Autumn Annals
春秋は中国と周辺異民族との外交や勢力争いについて描かれているため、注釈本がいくつか書かれていて、それらが外交交渉のお手本のようにされているものもあります。
西郷隆盛は「外交交渉は春秋を読めば事足りる。西洋人の書いたものなど読む必要はない。」といったという話をどこかで読んだことがあります。
礼記(らいき 五経の一つ): Book of Rites
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