英語で日本を学ぼう No.002 熊野古道 熊野三山・和歌山 三重

熊野古道・熊野三山 Kumano Kodo / Three Grand Shrines of Kumano

 

熊野古道で有名な那智大社、速玉大社、本宮大社に行って参りました。

 

この3つの神社は熊野古道でつながっておりまとめて熊野三社や熊野三山と呼ばれています。

 

天気はあいにく雨だったのですが、そのおかげで那智の滝の水量も多く、霧がかった石段も神秘的な雰囲気が感じられ、晴れの風景とは違った趣がありました。

 

 

ブログの最後に「熊野古道に関連する英訳」の紹介をのせています。

 

 

 

人々の信仰をつなぐネットワーク

 

熊野古道といっても実際には道だけのことではありません。

 

 

紀伊半島に点在する神社や霊場とそれらをつなぐ参詣道も含めた熊野信仰に関わるものがまとめて世界遺産になっています。

 

 

 

 

「ユネスコの登録名」

 

紀伊山地の霊場と参詣道 / Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range

 

 

 

大きく言うと、次の4つのグループになります

 

吉野・大峰 Yoshino and Ohmine

 

高野山 Koyasan

 

熊野三山 Kumano Sanzan

 

参詣道 Pilgrimage Routes

 

 

 

 

高野山についてのブログに興味のある方こちらへ

 

高野山金剛峯寺(英語で日本を学ぼう No.006)

 

高野山壇上伽藍(英語で日本を学ぼう No.020)

 

 

熊野は神様の土地

 

もともと熊野は古事記(Record of Ancient Matters)の中では神武天皇が大和に入るために通ったとされており、さらに古くからの修験道の地でした。

 

それゆえ熊野三山は神聖な地として認識され、平安時代になると「神仏習合 しんぶつしゅうごう」という日本の神様と仏様は同じ存在であるという考え方が進みます。

 

 

そして熊野の神社では「那智大社=観音菩薩さま」「本宮大社=阿弥陀如来さま」「速玉大社=薬師如来さま」ととらえられるようになります。

 

 

 

熊野は仏様の住むところ

 

また仏さまはそれぞれの「浄土 Pure Land」を持っています。

 

それゆえ那智大社は観音さまの「南方補陀落浄土」、本宮大社は阿弥陀さまの「西方極楽浄土」、速玉大社は薬師さまの「東方瑠璃光浄土」と考えられるようになります。

 

そして熊野という場所全体が「浄土 Pure Land」とされ、上皇(退位した天皇)の参拝も数多く行われました。

 

そんななかで「蟻の熊野詣 ant processions」と言われるように庶民も含めた熊野詣が大流行し、まさに日本中から熊野に人が集まるほどに人気があったようです。

 

 

 

熊野古道のルート

 

熊野三山へとつながる熊野古道ですが、4つのルートがあります。地図をみるとまさに紀伊半島を網羅しています。

 

 

中辺路(なかへち)/ the Imperial Route to Kumano

 

和歌山・田辺から本宮大社へのルートです。京都や西日本からのメインルートだったそうです。

 

京都からは淀川を下って大阪湾沿いに田辺まで船で来ることができるので楽だったのでしょうね。 

 

 

小辺路(こへち)/ the Mountainous Route to Kumano

 

高野山から本宮大社のルートです。

 

 

大辺路(おおへち)/ the Coastal Route to Kumano

 

和歌山・田辺~補陀落山寺へのルートです。 

 

 

伊勢路(いせじ)/ the Eastern Route to Kumano

 

伊勢神宮から速玉大社へのルートです。

 

 

こうしてみると山道も多いですし決して楽ではない道のりだったと思いますが、それだけに「浄土」への救いを求めた当時の人々の思いが伝わってきます。

 

 

 

熊野はだれもかも救うところ

 

熊野は古来より神道や仏教などを日本人の信仰をまるごと受け入れてきた、ふところの大きな聖地です。

 

 

鎌倉時代のお坊さんである一遍さんは念仏の広め方に悩んでいました。

 

その一遍さんの問いに熊野の神はこう答えたとされています。

 

老若男女を問わず、貴賤を問わず、浄不浄を問わず、信不信を問わず

 

昔から様々な人々から分け隔てなく信仰を集めていたことが分かります。

 

 

以前泊まったゲストハウスで伺ったのですが、日本で歩ける世界遺産は熊野だけだそうです。

 

そのため熊野古道をあるくために来る外国人もどんどん増えているそうです。

 

 

もちろん、そうなっても熊野の神は「日本人外国人を問わず」でしょうね。

 

 

いろいろなものをバランスよくとりこんで、自然に守られながら、お互いを助けあって生きていくのが、日本人の生き方なのだと実感します。

 

その生き方や信仰が熊野に残っており、現代で「世界遺産 world heritage」となり地球に住む人々みんなの宝物であることがとてもうれしいことですね。

 

 

 

熊野古道センター 英語版・日本語版のパンフレット

熊野古道 英訳と和訳の説明・解説

 

熊野古道:Kumano Kodo  

 

熊野「古道」の英訳はたくさんあります。代表的なものは「route / pass / trail / walk」などですかね。

 

 

熊野三山:Kumano Sanzan / Three Grand Shrines of Kumano

 

 

熊野那智大社:Kumano Nachi Taisha

 

 

熊野本宮大社:Kumano Hongu Taisha

 

 

熊野速玉大社:Kumano Hayatama Taisha

 

 

南方補陀落浄土:the Buddhist Pure Land, Fudaraku, in the southern seas  

 

「ふだらく」とは観音様のおられる「浄土」のことでサンスクリット語の「ポタラカ Potalaka」から来ています。チベット仏教の総本山であるポタラ宮殿も同じ語源です。

 

 

神仏習合:Shintoism and Buddhism Fusion  

 

2つの全く違う信仰が溶け合ってまとまるという発想は非常に日本的です。熊野が世界遺産たる理由はこのような「和を尊ぶ」の信仰が軸であることも大きいと思います。

 

 

権現:Japanese incarnation of Buddha  

 

日本の神様は仏教が伝わってない時に日本人にわかりやすいような姿で現れたとの考えから、仏さまが仮の姿で現れることを「権現」と呼びます。熊野の神も神仏習合が進んだことで「熊野権現」と呼ばれるようになります。

 

徳川家康が「東照大権現」と呼ばれるのも「天下泰平に導くために人の姿をしてこの世に仏が現れた」との解釈からです。

 

 

神仏分離令:Shintoism and Buddhism Separation Decree  

 

明治政府は天皇を軸とした中央集権化のためにより「日本古来の正統性」の象徴である神道から外来のものである「仏教」を取り除こうとします。「尊王攘夷」の宗教バージョンと考えればいいと思います。

 

それと同時に「国家神道」つまり神道の一神教化とも言えます。当時、世界を席巻しているのは「一神教であるキリスト教国」ばかりだったので、明治政府の考えは理解できなくはないです。

 

 

神輿:portable shrine  

 

日本人的には「神様の乗り物」なんですけど、英語だと「移動可能な社」ですか。おもしろいですね。

 

 

御神木:deified tree  

 

「dei」はラテン語で「神」で「theo」がつくとギリシャ語で「神」です。ローマもギリシャも多神教の文化圏なので、これらには一神教的な発想はないであろうと推察されます。

 

 

修験行者(山伏):ascetic practitioner of Shugendo  

 

修験道の英訳は難しいですね。そもそも修験道が日本独自の信仰なので借り物の英語ではうまくいきません。