· 

ユダヤ人差別の理由はキリスト教でわかる(英語うんちく No.022)

令和の時代に入っても、NHKのニュースでニューヨークで起こったユダヤ人に対する暴力事件が報道されていました。

 

高校の英語教科書でもヒトラー率いるナチス・ドイツによるユダヤ人迫害がテーマとして取り上げられています。

 

 

こういった迫害からユダヤ人を救ったドイツ人のオスカー・シンドラー氏や日本人の杉原千畝(すぎはらちうね)氏も有名です。

 

 

シンドラー氏は自身の工場でユダヤ人を雇用することで虐殺から救いました。

 

日本の外交官であった杉原氏は、ユダヤ人の国外退去を助けるために日本行きのビザを発行し続けました。

 

 

このようにユダヤ人迫害をテーマとした話は日本でもよく知られています。

 

 

こういった「反ユダヤ主義」は英語で antisemitism といいます。

 

これは一般的に「ユダヤ民族」に対する用語です。

 

 

宗教としての「ユダヤ教」に対しては anti-Judaism という用語があります。

 

 

ただ、これらの明確な区分や定義についてはいまだに議論があるようです。

 

 

 

さて、おそらく日本人の多くは、なぜユダヤ人が殺されるほどに恨まれている理由をよく理解できないのではないでしょうか?

 

 

「ユダヤ人がお金持ちだから恨まれた。」

 

「権力者が民衆を引き付けるため憎悪をあおった。」

 

 

 

日本でよく見聞きするのは、こういった理由ではないでしょうか?

 

 

私は子供のころ両親に「なぜユダヤ人はナチスに大量虐殺されるほどに嫌われているのか?」と尋ねたことがあります。

 

 

両親の答えはこうでした。

 

シェイクスピアの書いたベニスの商人(Merchant of Venice)いう本があってな。その中で、ユダヤ人はめちゃくちゃ悪いやつに書かれているからとちゃうか?

 

 

実際にユダヤ人の金貸しとして登場する Shylock(シャイロック) は強欲な人間として描かれています。

 

 

しかし、「シェイクスピアがユダヤ人差別の原因」というのは、答えからいうと不十分です。

 

 

かりに、英文学の歴史における最も偉大な作家とも称されるシェイクスピアがユダヤ人差別の根源だとしましょう。

 

それにもかかわらず、反ユダヤ主義の「根本的な原因」として、シェイクスピアが断罪はおろか非難される様子はありません。

 

 

ここですこし断っておきますが、「ベニスの商人は antisemitic (反ユダヤ的)な文学だ」という批判は存在します。

 

 

またナチスがこの本を反ユダヤ主義をあおるプロパガンダに利用した事実もあります。

 

しかし、「反ユダヤ主義の根本原因である」とは言われていません。

 

 

そうなる理由は簡単です。

 

 

なぜならシェイクスピアに限らず、ユダヤ人差別は「欧米文化圏の常識」に関連しています。

 

そして、その「欧米文化圏の常識」とは「聖書の記述」になります。

 

 

 

「聖書」とは何か?

 

ここでいう「聖書 the Bible」とはキリスト教の経典です。

 

 

bible はギリシャ語で「本」という意味です。

 

最近はビブリオバトルなる言葉も日本語になじみつつありますが、同じ語源です。

 

 

ですので「the Bible」は英語で表現すると「the Book」という意味です。

 

あえて「the + 大文字」になっているのには意味があり、「みなさんよくご存じ、あの特別な本」という意味です。

 

 

 

聖書の構造は大きく2つにわかれています。

 

 

「旧約聖書 the Old Testament」

 

主に、世界の創造や God が人間を作った話からユダヤ人の歴史と戒律について書かれています。

 

 

旧約聖書の内容はユダヤ教の経典である「Hebrew Bible ヘブライ語聖書」に準拠しています。

 

 

また「testament」とは「約束」という意味です。

 

God と契約をして God の指示を守り、God に守ってもらいます。 

 

欧米は「契約社会」といわれるのは、そもそもこういう文化だからです。

 

 

 

「新約聖書 the New Testament」

 

主に、イエス・キリストと弟子の話が書かれています。

 

しかし最後の章である「ヨハネの黙示録(John's Book of Revelation)」には世界崩壊からキリストの復活とキリスト教徒の救済について書かれています。これは「予言」の扱いになります。

 

 

 

またイスラム教徒からみても、ユダヤ教徒やキリスト教徒は経典の内容を共有している人々です。

 

それゆえ、そのほかの宗教(彼らからいえば間違った信仰)を信じる人たちとは別格の扱いで「経典の民(People of the Book)」という呼び方もしています。

 

 

 

もちろん、これら聖書の解説はあくまでも概要になります。

 

聖書の細かい内容や記述にしても、もちろん各宗派によって重視する部分とそうでない部分などがあったり、解釈の差異もでてきます。

 

基本的な知識として受け取っていただけるとありがたいです。

 

 

 

聖書にはユダヤ人について書いてある

 

ここからが、本題です。

 

ユダヤ人が差別される大きな理由は聖書にあります。

 

 

もちろん、この記述はユダヤ人にとっての聖書である「旧約聖書 / ヘブライ語聖書」に書いてあるのではありません。

 

キリストの弟子たちの話をまとめた「新約聖書」の内容になります。 

 

 

ユダヤ人差別につながったとされる該当箇所は以下になります。

 

 

 

~ Gospel of Matthew 27:24-25(マタイの福音書27章24-25節)~

 

「キリストの死に関してユダヤ人に責任がある。」と解釈できる部分があります。

 

 

 

~ Gospel of John 8:44(ヨハネの福音書8章44節)~

 

「キリストが『ユダヤ人は悪魔の子。』と言った」という話が出てきます。

 

 

 

この2点が主に、反ユダヤ主義(antisemitism)と結びつく根拠としてよく取り上げられているようです。

 

 

さて聖書の記述には、簡略化したナンバリングがあります。

 

 

それぞれ例にとると「Matthew 27:24-25」と「John 8:44」となります。

 

読み方は「Matthew chapter 27 verse 24 to 25」そして「John chapter 8 verse 44」と読みます。

 

 

下記のウェブサイトでは様々な聖書のバージョンを調べることができます。

 

https://www.biblegateway.com/

 

 

検索言語は英語だけですが、日本語の聖書もふくめていろんな言語で閲覧するができるので、例文をここから引用します。 

 

さきほどの「John 8:44」といったシンプルな記述を入力すれば、カンタンに該当箇所を見つけられます。

 

 

このブログ記事内の聖書の引用は、注釈がないかぎり上記サイトからとなり、英文は「King James Version」そして、日本語は「Japanese Living Bible」とします。 

 

 

 

マタイの福音書に「イエスを殺したのがユダヤ人」と書いてある

 

まず「ユダヤ人がイエスを殺した責任者」という記述を見ていきましょう。

 

 

その該当箇所が「マタイの福音書 Gospel of Matthew」にあります。

 

 

すこし話が長いのですが、1節から24-25節までまるごと引用します。

 

()の内はこちらで加えた解説です *間違い・訂正があればご指摘いただけると助かります。

 

 

 

~ Matthew 27:24-25 マタイの福音書 27章24-25節 ~

 

27 さて、朝になりました。祭司長とユダヤ人の指導者たちはまた集まり、どうやってローマ政府にイエスの死刑を承認させようかと、あれこれ策を練りました。 2 それから、縛ったまま、イエスをローマ総督ピラトに引き渡しました。

 

(ユダヤ教は民族宗教なのでユダヤ人であればユダヤ教徒です。そのユダヤ人であるイエスがユダヤ教の祭司長や指導者たちの決めたルールとは違う解釈を行って反論したり、奇跡をおこして様々な人々を救う行為が反感を買っていました。当時はイスラエルはローマ帝国の管轄下でしたので、ローマ総督に法の権限があります。)

 

 

3 ところで、裏切り者のユダはどうなったでしょう。イエスに死刑の判決が下されると聞いてはじめて、彼は自分のしたことがどんなに大それたことだったか気づき、深く後悔しました。それで祭司長やユダヤ人の指導者たちのところに銀貨三十枚を返しに行き、 4 「私はとんでもない罪を犯してしまった。罪のない人の血を売ったりして」と言いました。しかし祭司長たちは、「今さらわれわれの知ったことか。かってにしろ」と言って、取り合おうとしませんでした。

 

(ユダはユダヤ人の策略に乗り、金でイエスを密告したとされています。また別の個所には悪魔に取りつかれていたとの記述もあります。)

 

 

5 それでユダは、銀貨を神殿に投げ込み、出て行って首をくくって死んでしまいました。 6 祭司長たちはその銀貨を拾い上げてつぶやきました。「まさか、これを神殿の金庫に入れるわけにもいくまい。人を殺すために使った金だから。」

 

(日本人は「死んで罪を償う」という考えがありますが、キリスト教では自殺は God にもらった命を粗末にするということで、地獄に行き、そこで永遠に苦しむことになります。)

 

 

7 彼らは相談し、その金で、陶器師が粘土を取っていた畑を買い上げ、そこをエルサレムで死んだ外国人の墓地とすることにしました。 8 そこでこの墓地は、今でも「血の畑」と呼ばれています。 9-10 こうして、「彼らは銀貨三十枚を取った。それは、イスラエルの人々がその人を見積もった値段だ。彼らは、主が私に命じられたように、それで陶器師の畑を買った」(ゼカリヤ11・12―13)というエレミヤの預言のとおりになったのです。11 さてイエスは、ローマ総督ピラトの前に立ちました。総督はイエスを尋問しました。「おまえはユダヤ人の王なのか。」イエスは「そのとおりです」と答えました。

 

(イエス・キリストは人々を救う「救世主」として生まれたとされ、別の個所で「ユダヤの王」や「イスラエルの王」という呼ばれ方もされています。)

 

 

12 しかし、祭司長とユダヤ人の指導者たちからいろいろな訴えが出されている時は、口をつぐんで、何もお答えになりませんでした。 13 それでピラトはイエスに、「おまえにあれほど不利な証言をしているのが、聞こえないのか」と尋ねました。14 それでもイエスは何もお答えになりません。これには総督も、驚きあきれてしまいました。15 ところで、毎年、過越の祭りの間に、ユダヤ人たちが希望する囚人の一人に、総督が恩赦を与える慣習がありました。 16 当時、獄中にはバラバという名の知れた男が捕らえられていました。 17 それでその朝、群衆が官邸に詰めかけた時、ピラトは尋ねました。「さあ、いったいどちらを釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれるイエスか。」 18 ピラトがこう言ったのは、イエスが捕らえられたのは、イエスの人気をねたむユダヤ人指導者たちの陰謀だと気づいたからです。

 

(バラバは囚人です。一方、イエスは法を破っていません。また「キリストと呼ばれるあのイエス」とありますが「キリスト」は名前ではありません。下記にイエス・キリストの名前の意味を解説したブログ記事のリンクを載せています。)

 

 

19 裁判の最中に、ピラトのもとへ彼の妻が、「どうぞ、その正しい方に手をお出しになりませんように。ゆうべ、その人のことで恐ろしい夢を見ましたから」と言ってよこしました。20 ところが、祭司長とユダヤの役人たちは、バラバを釈放し、イエスの死刑を要求するように、群衆をたきつけました。 21 それで、ピラトがもう一度、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と尋ねると、群衆は即座に、「バラバを!」と大声で叫んだのでした。22 「では、キリストと呼ばれるあのイエスは、どうするのだ。」「十字架につけろ!」

 

(十字架での処刑は罪の重い人間に適応される刑罰でした。死ぬまで十字架にかけられるため見せしめの意味が強かったようです。)

 

 

23 「どうしてだ。あの男がいったいどんな悪事を働いたというのか。」ピラトがむきになって尋ねても、人々は、「十字架だ! 十字架につけろ!」と叫び続けるばかりでした。24 どうにも手のつけようがありません。暴動になるおそれさえ出てきました。あきらめたピラトは、水を入れた鉢を持って来させ、群衆の面前で手を洗い、「この正しい人の血について、私には何の責任もない。責任は全部おまえたちが負いなさい」と言いました。

 

(多神教だったローマは最初は一神教のキリスト教を認めませんでしたが、313年コンスタンティヌス帝の時代に国教にしました。この記述はピラト個人よりも統治者としてのローマがキリストの殺害に責任がないことをあえて意図するものであるとの解釈もあります。)

 

 

25 すると群衆は大声で、「かまわない。責任はおれたちや子どもたちの上にふりかかってもいい!」と叫びました。

 

(ここがユダヤ人がキリストの殺害に責任があるとされる記述です。詳しくは後述します。)

 

 

26 ピラトはやむなくバラバを釈放し、イエスをむち打ってから、十字架につけるためにローマ兵に引き渡しました。

 

(このあとイエスは処刑されてしまいます。しかし、その後、奇跡がおこり復活をとげる描写がつづきます。)

 

 

 

以下に、内容は同じ25節ですが、英語版を2つ載せておきます。

 

*()内の和訳は私が勝手にやっていますので、ご了承ください。

 

 

Then answered all the people, and said, His blood be on us, and on our children.(King James Version)

 

(それから全員が答えた、キリストの血は我々と、我々の子孫に降りかかれ)

 

 

All the people answered, “We will be responsible. We accept for ourselves and for our children any punishment for his death.” (International Children's Bible)

 

(全員が答えた「我々が責任をとる。我々は、キリストの死に対する自身と子供達へのあらゆる罰を受け入れる。」)

 

 

 

この27節24~25節の部分が「ユダヤ人によってキリストが殺された」に関する記述です。

 

当事者のユダヤ人だけでなく、ユダヤ民族の子孫たちまでふくめてキリスト殺害の責任をとることになってしまっています。

 

 

しかし逆のユダヤ教から見た場合は「イエスは救世主でなく God の言葉を騙り、嘘をついた」という解釈になります。

 

 

つまりそもそもイエスの扱いはユダヤ教とキリスト教で大きく乖離しているのも事実です。

 

 

「ユダヤ人によるイエスの殺害」の項目に関しては Wikipedia で独立したページもあるので、参考にしてください。 (ブログ執筆時点で日本語ページなし)

 

 

「blood curse 血の呪い」 

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Blood_curse

 

 

「Jewish deicide ユダヤ人の神殺し」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Jewish_deicide

 

 

deicide は一瞬迷いますが decide(決める) のミススペルではないです。dei はラテン語で「神」そして cide は「殺」 を意味しています。 

 

 

イエス・キリストは人間ではなく「God が人間の姿で人々を救いに現れた」という解釈がとられています。

 

それゆえ、キリスト殺しは「God-killing」になります。

 

 

イエス・キリストの名前の意味について詳しく知りたい場合はこちらをどうぞ。

 

イエス・キリストは名前じゃない?オリーブオイルとキリスト教でその意味がわかる

 

 

ちなみにラテン語で「God」は「Deus」なのですが、ラテン語は名詞が英語の代名詞(I my me mine)のように文法的役割に合わせて変化します。

 

ですので deus / dei / deum などすべて同じ意味です。

 

 

 

ヨハネの福音書に「イエスが『ユダヤ人は悪魔の子』と言った」と書いてある。

 

キリストの殺害の話に加えて、もう一つ、反ユダヤ主義(antisemitism)と結びつく記述が聖書にあります。

 

 

キリストが「ユダヤ人を悪魔の子」と呼ぶ場面が、ヨハネの福音書8章44節にあります。

 

以下は、キリストがユダヤ人に話しかける場面で始まります。内容は38節~44節を引用します。

 

 

 

~ Gospel of John 8:44(ヨハネの福音書8章44節)~

 

38 せっかくわたしが父といっしょにいた時に見たことを話してあげているのに、あなたがたは自分の父の言いつけに従っているだけです。」 39 「私たちの父はアブラハムです。」彼らは言いました。

 

(いきなりですが、日本語では意味が分かりにくいと思います。キリストのいう「父」は英語版では my Father(F が大文字となります。「父なる主」つまり God のことです。そしてユダヤ人にむけての「自分の父」は your father(f が小文字)で、文字通りユダヤ人の父親のことです。さきほどの the Book もそうですが、キリスト教の文脈で大文字で始まる単語は要注意です。)

 

 

「いや、あなたがたの父がアブラハムだったら、彼の良い模範にならったはずです。 40 ところが、どうです。反対にわたしを殺そうとしているではありませんか。しかもその理由は、わたしが神から聞いた真理を語ったからというのです。アブラハムなら、そんなことは絶対にしなかったでしょう。 41 そんなことをするのは、あなたがたが、あなたがた自身の父に従っているからです。」「私たちの真の父は、神ご自身です。私たちは私生児ではありません。」 42 「ほんとうにそのとおりなら、わたしを愛したはずです。わたしは神のもとから来たのですから。自分の考えで、今ここにいるのではありません。父がここにお遣わしになったのです。 43 わたしの言うことがわからないのも、むりはありません。理解できないようにされているのですから……。

 

(アブラハムは God の言葉を聞き、民衆に伝えた預言者です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は共通してアブラハムを預言者としています。それゆえ、これらの宗教をまとめた言い方で 「Abrahamic religions アブラハムの宗教」と呼ばれたりもします。

 

 

44 あなたがたの父は悪魔です。悪魔の子が悪魔の悪い行いを喜んでまねても、不思議ではありません。悪魔は初めから人殺しで、真理をきらっています。悪魔のうちには真理の一かけらもありません。悪魔がうそをつくのは当然です。うそつきの大もとなのですから。

 

(ここで「あなたがた(ユダヤ人)の父は悪魔です。」となっています。これはキリスト自身の言葉なので、大きな意味をもつと推察します。)

 

 

  

聖書の記述が事実かどうかは別として、聖書を信じる人々にとってイエスの言葉によって影響を受けないほうが困難といえるはずです。

 

「キリストが~といった」というのは弟子の話で、学術的にいえば歴史的事実かどうかの保証はないでしょう。

 

 

ですが、聖書の記述を真理・事実として、実際の行動や思考に反映させる人たちが少なからずいます。

 

 

どんな宗教・信仰・思想であれなんであれ、なにかを絶対的真理とするのを「原理主義 fundamentalism」といいます。

 

 

原理主義者の行動は「なにを絶対視しているか?」を知れば、おおよそ想像がつきます。

 

こういった信仰や宗教の知識は知っているだけで役に立つと思います。

 

 

 

話は変わりますが、聖書だけでなく、本人の記述が弟子によってまとめられた書物が後世に伝わっているものはよくあります。

 

 

たとえば孔子であれば、論語が有名です。これは「子曰 しいはく(My Master has spoken)」で始まります。

 

論語の英訳も「Analects of Confucius 孔子語録」となっています。

 

 

お釈迦様の言葉を弟子が話す形式になっている法華経(Lotus Sutra)「如是我聞 にょぜがもん(Like this I have heard)」で始まるお話があります。

 

 

プラトン(Plato)の著書でも、ソクラテス(Socrates)が語り手として対話する形式になっているものが多くありますが、ソクラテス自身は著書を残していません

 

 

 

ユダヤ人が金持ちなのにも理由がある

 

ユダヤ人が迫害されるのには聖書の直接的な記述以外にも理由があります。

 

 

それはユダヤ人が「お金を持っていたこと」と関係しています。

 

これはただ単にユダヤ人が商売上手だったということではありません。

 

 

それは「金融業(金貸し)」に多くのユダヤ人が従事していたことに起因します。

 

 

シェイクスピアのベニスの商人に登場するシャイロックは何の根拠もないステレオタイプではないんです。

 

 

 

そして実は、ユダヤ人によって金融業が営まれた理由にもキリスト教と関係しているんです。

 

金融業がよくない職業とされていたからこそ、ユダヤ人がかかわっていくことになる流れを見ていきます。

 

 

最初に「金融」に関してはっきりさせておかないとダメなことがいくつかあります。

 

 

まず金融とは「お金を貸すこと」です。

 

 

実は、ユダヤ教でもキリスト教でもお金を貸すことは禁じられていません。

  

それどころか「お金を貸すこと自体」は許可されており、むしろ人助けと考えれていました。

 

 

それでは、金融のなにが良くないのでしょうか?

 

 

良くないとされたのは「金貸し」そのものでありません。

 

 

お金を貸して「利子を取ることが罪」とされていました。

 

  

実際にユダヤ人の信じるヘブライ語聖書にも「利子を取ってはならない」と書いてあります。

 

この利子を取ることを禁じる記述を実際にみていきましょう。

 

 

 

~ Exodus 22:25–22:27(出エジプト記 22章25-27節)~

 

25 困っている仲間のヘブル人(イスラエル人)に金を貸す場合、利息を取る普通の取り引きをしてはならない。 26 服を借金のかたに取ったら、夕方には返さなければならない。 27 おそらくそれが、彼の体を暖める唯一の物だからである。着る物もなくて、どうして眠ることができるだろう。もし返さなければ、彼はわたしに助けを求めるだろう。わたしは願いを聞き、彼を助ける。わたしは情け深いからである。

 

(ここでの「わたし」とは絶対神 God のことです。この部分より前の記述は利子以外に関する倫理規定を God がユダヤ人に指示する形をとっています。)

  

 

 

また以下にも記述があります。

 

 

~ Leviticus 25:35–37(レビ記 25章35-37節)~

 

35 同胞のイスラエル人が生活に困ったら、助ける責任がある。客として家に招き、 36 いっしょに住まわせなさい。神を恐れなさい。金を貸すなら無利子で貸しなさい。 37 決して利息を取ってはならない。必要なものは買い与えなさい。困っている人を利用して、もうけようとしてはならない。

 

(ユダヤ人、へブル人(ヘブライ人)、イスラエル人は意味は厳密にいうと違うのですが、みんな同じ人たちを表すと考えて大丈夫です。)

 

 

英語の Wikipedia の「ユダヤ教における金貸しと利子」には詳しい解説が載っているので、興味のある方はご覧ください。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Loans_and_interest_in_Judaism

 

 

 

さて、このように利子をとることはユダヤ教でも禁止されています。

 

では、なぜ「利子を取ることが許されない」のにユダヤ人は金融業を営み、財産を築くことができたのでしょうか?

 

 

ここからがユダヤ人差別のどろどろとした部分に入っていきます。

 

 

 

なぜ利子をとれないユダヤ人に「金融業」ができたのか?

 

お金を貸しても利子がとれないなら、貸し倒れに対処できません。

 

そもそも金融業としてビジネスを継続することすらできないでしょう。

 

 

  

ではなぜユダヤ人は金融業が行えたのでしょうか?

 

実は「金を貸しても利子を取ってはならない」には特別な条件があるのです。

 

 

その理由は「選民思想」からひも解くことができます。

 

英語では「God's chosen people(God に選ばれた民)」という言い方が一般的です。

 

 

そもそも God(ヘブライ語では Jehovah)はユダヤ人を助けるために、契約を結んで、特別な庇護を与えることにしたというストーリーになっています。

 

 

つまりユダヤ人の信仰するユダヤ教は、民族主義的な性質をもっているんです。

 

こういう人たちは「我々 We」と「我々以外 They」を分ける発想をします。

 

 

英語の we と they には日本語の「内と外」のようなニュアンスがあります。詳しく知りたい方こちらをご覧ください。

 

日本人が知らない代名詞 We と They の関係(英文法 No.006)

 

 

実際に英語でも Jew(ユダヤ人) gentile(ユダヤ人以外) のように「we」と「they」を区別する言葉があります。

 

 

ただ gentile「異教徒」という意味で、キリスト教徒もつかう単語ではあります。もちろん「クリスチャンでない人々」という意味です。

 

 

戦国時代のキリシタンは「ぜんちよ gentile」といって、仏教や神道などの信者を敵視して呼んでいました。

 

戦国時代の宣教師ルイス・フロイスの著書である「日本記」を読んでいると、仏僧を敵視して呼んだ「ぢゃぼ(diabo 悪魔)」と同じでよく出てくる言葉です。

 

 

  

このように仲間意識の強いユダヤ教なので、先ほどのレビ記や出エジプト記でも「仲間のへブル人」や「同胞のイスラエル人」に限定されて、利子についての規定が書かれています。

 

 

つまり「利子をとってはいけないという決まり」が仲間のユダヤ人だけに適応されるのです。

 

実際に聖書の一節である「申命記 Deuteronomy」にもそう書いてあります。

 

 

~ Deuteronomy 23:20–21(申命記23章20-21節)~

 

20 外国人ならかまいませんが、イスラエル人からはだめです。兄弟であるイスラエル人から利息を取ったりするなら、約束の地において、主に祝福されません。

 

 

 

ユダヤ人はユダヤ人から利子を取ることはできません。

 

 

ただ、ユダヤ教が成立したころの古代のメソポタミアやエジプトでは利子をとることは当たり前でした。

 

そこでユダヤ人を守るために「仲間から利子を取ってはいけない」という決まりができたのだと思われます。

 

 

 

ですがキリスト教徒からすると、別の見方ができます。

 

 

ユダヤ人はキリスト教徒に利子を取ってお金を貸すことができます。

 

逆にいえば、キリスト教徒はユダヤ人へ利子を払うことでお金が借りられるのです。

 

 

キリスト教の世界では「利子を取るのは悪いこと」というのはあたりまえでした。

 

資本主義が世界標準になるまで、そういう世界だったのです。

 

 

実際にカトリック教会は Canon Law(教会法)で利子をとる金融を禁止していました。

 

 

しかし、なにごとにもお金が必要なときがあります。

 

腐敗や戦争が引き起こす不安的な社会状況はもちろん、気候変動などでの税収の落ち込みなど、社会を運営するうえで金融が必要なことは明白です。

 

 

それゆえ多額の資金を必要とする教会や王侯貴族たちこそ、ユダヤ金融を必要としていました。

 

 

ユダヤ人は民族主義的な人たちなので、ユダヤ人脈のつながりが非常につよく、広範囲にわたるネットワークを持っていました。

 

それゆえカネとモノを調達する能力に優れていました。

 

 

つまり「ユダヤ人に頼めば、買えるものならなんでもそろう」という状況だったんです

 

 

 

そして、ユダヤ人は差別される対象だったので、住む場所も限定されたり、職業も厳しく制限されていました。

 

それゆえ、キリスト教徒ができない金融業が選択肢として残ったという側面もあります。

 

 

それと同時に、ユダヤ人がキリスト教徒から「倫理的」に利子をとることが可能ということで、キリスト教社会の都合からも金融業を行う割合が高くなっていったのです。 

 

 

 

「金融業」は恨まれる

 

ユダヤ人がキリスト教徒にお金を貸せるようになると資本主義の基礎が機能し始めます。

 

王様や貴族、教会が戦争やインフラ整備などをやるにしても、先立つものが必要ですから、ユダヤ人に借りれば費用を賄えます。

 

 

ここまでみるとなんだかんだで「共存共栄」に思えます。

 

 

実際に王族などと結びつきの強かったユダヤ人はのちに Court Jew (宮廷ユダヤ人)とよばれ貴族の位などを与えられ、特権を獲得していきます。

 

キリスト教徒の側もユダヤ人の金融ネットワークに頼っていたのです。

 

 

 

しかし話はこれでは終わりません。

 

そもそも「利子をとることがなぜ悪いことなのか?」という理由を考えなければなりません。

 

 

その理由は簡単です。 

 

 

それは「借りた金を利子をつけて返すのが簡単ではないから」です。

 

 

お金に困っているからお金を借りるのに、利子をつけて返すのが楽なわけはないんです。

 

 

ユダヤ人に借金をしたものの、キリスト教徒はお金が返せなかったり、利子の支払いに苦しんでいくことになります。

 

 

一方、当時の価値観では、金融業で財を成すということは、悪いことをして大もうけをしているように見えるはずです。

 

そもそもキリスト教会が金融を禁止しているのですから、仮にユダヤ金融が「必要悪」だったとしても、あえて好感をもつことは難しいでしょう。

 

 

キリストを殺した悪魔のようなヤツラが、悪いことをして自分たちよりも豊かな生活をしている!!

 

 

 

一般的に、金融業にかかわるユダヤ人がこのように見えてしまったことは否定できないと思います。

 

 

当時のヨーロッパ世界では、事実上、金融はユダヤ人の独占事業でした。

 

それゆえ競合参入による利子の低下などもなく、返済条件は厳しかったようです。

 

 

こうやってシェイクスピアの「ベニスの商人」に登場する「強欲な金貸し」のシャイロックに代表されるようなユダヤ人の典型的なイメージが出来上がっていきます。

 

 

 

とはいえ、ユダヤ人からしてみれば、お金があれば現実には裕福に暮らすことができます。

 

差別や迫害を多少受けたとしても、命とお金さえがあればなんとかなりそうなものです。

 

 

しかし、世の中そうは甘くないようです。

 

金さえあればなんとかなるというのはユダヤ人にはあてはまりませんでした。

 

 

むしろ、お金があったせいでユダヤ人は命まで狙われるようになっていくのです。

 

 

 

「異端審問」で殺されるユダヤ人

 

聖書に書かれているようにイスラエルはキリスト教になったローマ帝国の支配下に置かれ、ユダヤ人はヨーロッパに広がって暮らしていました。

 

そして各都市ごとに職業選択や居住地に関する差別はありながらも、ユダヤ人ネットワークを駆使して比較的裕福な暮らしをしていました。

 

 

しかし、この状況は様々な要因により、突発的に虐殺を含めた迫害へと急変したりしました。

 

疫病の流行がユダヤ人の陰謀とされたり、戦争などが起こるとユダヤ人が標的にされたりしました。

 

 

Wikipedia の記事に多岐にわたるユダヤ人への迫害が載っているので参考ください。

 

 

「ユダヤ人迫害 Persecution of Jews」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Persecution_of_Jews

 

 

「反ユダヤのデマ Antisemitic Canard」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Antisemitic_canard

 

 

 

このような反ユダヤ主義的差別とは異なり「金持ちユダヤ人狙いの処刑」も行われることになります。

 

 

それが行われたのが「異端審問 the Inquisition」という宗教裁判です。

 

 

 

もともと異端審問はキリスト教会(カトリック)の教えに従わないものを裁判にかけるものでした。

 

有罪の場合は改宗させたり、追放や投獄など罰を与えたりすることを目的としていました。

 

 

しかし、時がたつにすれ異端審問はどんどん暴走していくことになります。

 

 

 

この異端審問が一気に集団の狂気とした例として一番よく知られているものが「Witch Hunt 魔女狩り」です。

 

 

社会の変動や疫病などによる不安から「我々が苦しいのは魔女のせいだ!」と集団が恐怖にかられ、密告と拷問により多くの無実の人々が処刑されていきました。

 

 

そして「魔女」だけでなく密告と拷問よる処刑は「ユダヤ人」にも広がってきます

 

 

1300年代のスペインでもユダヤ人に対する憎しみから迫害行為が行われていました。

 

この時代のキリスト教徒はイスラムに支配されたイベリア半島(今のスペイン・ポルトガル)を取り戻しつつあり、宗教熱も高まっていました。

 

 

そして1492年、スペインにいるユダヤ人に「キリスト教徒に改宗するか」それとも「国外に出ていくか」の選択が突き付けられます。

 

国外に出ていった者もいましたが、キリスト教徒に改宗しスペインにとどまったものもいました。

 

 

ただ、このような改宗の強制はユダヤ人だけでなくイスラム教徒にも適応されたものです。

 

 

 

異端審問は「キリスト教の異端を審問する」ものです。

 

それゆえ、教会にはキリスト教徒だけしか審問する権限がありませんでした。

 

 

しかし、当時のスペインではユダヤ人であってもキリスト教徒に改宗する義務が生まれました。

 

こうなったことで、ユダヤ人を異端審問にかけることができます。

 

 

 

そして異端審問にはある側面があります。

 

もし異端者を処刑した場合、その人物の財産は国家の財産として没収できました。

 

 

スペインでも王族・貴族はユダヤ人相手に多額の債務を抱えていました。

 

それゆえユダヤ人を異端審問にかけ処刑することで債務帳消しと財産没収を狙います。

 

 

当時の法律では「有罪」の判決には「自白」が必要でした。

 

さらに「自白」を引き出すために拷問も認められていました

 

 

早い話がスペインの王侯貴族が行ったのは「無実のユダヤ人を密告し、裁判にかけて、拷問で無理やり罪を自白をさせ、処刑して、財産を没収する」ということです。

 

 

それゆえ金持ちユダヤ人を狙って、王侯貴族が密告を行い、教会が異端審問にかけるケースも多かったようです。

 

 

スペインの異端審問に関して、当時の民衆の記録などから「金持ちほど狙われる」というのが世間の認識だったようです。

 

 

下記の Wikipedia の記事内の「7.1 confiscations(財産没収)」の項目が参考になると思います。

 

 

「スペインの異端審問 Spanish Inquisition」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Spanish_Inquisition

 

 

 

ちなみにスペインでの異端審問を終わらせたのはナポレオンです。

 

フェルディナンドとイサベラの時代から1808年まで300年近く断続的に行われていました。

 

 

 

ユダヤ人虐殺はヒトラーだけのせいなのか?

 

日本人にとってヒトラーやナチスばかりが世界史の教科書などで取り上げられますが、彼らが特別なのではありません。

 

 

キリスト教文化圏というのは「ユダヤ人のせいだ!」と叫べば「そうだ!そうだ!」と呼応することが当たり前の社会だったのです。

 

 

当時のナチスはフランスやオーストリアなど強国をも制圧し、ヨーロッパ全体でみれば広大な地域を支配下にいれていました。

 

ヨーロッパ中に広がる鉄道網を駆使して、ユダヤ人を大量に輸送し、Death Camp ともよばれる強制収容所へと送りつづけていました。

 

 

同時にナチスドイツは、東はソ連、西はイギリス・アメリカと二方面作戦を展開せざるをえなくなります。

 

こんなに不利な状況で、特定の民族(宗教)を狙って大規模な虐殺を組織的に行うなど、戦略的に到底理解しがたいことです。

 

 

そもそも金を持っているぐらいで目の敵にして、100万人単位の虐殺などできるわけがありません。

 

ただ虐殺によってユダヤ人から没収した財産を戦費に充てていたという事実は存在します。

 

 

もちろんユダヤ人みんながお金持ちではありません。

 

なけなしの財産をナチスに没収された挙句、殺された人たちもたくさんいます。

 

ナチスに対して財産の拠出で協力すれば、助けてもらえると思っていた人も多かったようです。

 

 

 

ナチスは同性愛者も虐殺している

 

日本ではナチスによるユダヤ人迫害が強調されますが、ナチスは同性愛者も迫害していました。

 

Wikipedia にも記事が載っています。

 

 

「ナチス・ドイツによる同性愛者迫害」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Persecution_of_homosexuals_in_Nazi_Germany

 

 

これは英語版ですが日本語ページも存在しています。

 

 

なぜそんなことになっているのか?

 

 

それは「同性愛者を殺すこと」が聖書に「正しいこと」として書かれているからです。

 

 

~ Leviticus 20:13 レビ記20章13節 ~

 

If a man lies with a male as with a woman, both of them have committed an abomination; they shall surely be put to death; their blood is upon them.

 

(同性愛にふける者は、二人とも死刑に処せられる。それは彼らの責任である。)

 

 

バレンシアで行われたスペイン異端審問でも、同性愛が理由で貴族や聖職者も火あぶりにされています。

 

 

キリスト教による同性愛者への迫害とは「聖書」を根拠にした「正義の実行」でした。

 

 

 

ナチスの正義はヒトラーの狂気なのか?

  

ナチスによるユダヤ人虐殺はヒトラーがドイツ国民を扇動して狂気に駆り立てた結果だというような評価もあります。

 

しかし、それはヒトラー個人やナチス幹部だけに罪をかぶせすぎではないでしょうか?

 

 

 

実際にヒトラーがやったことはキリスト教文化圏である「当時のヨーロッパ社会の正義」に従ったものもたくさんあります。

 

 

ナチスの優勢思想は人間を「優秀な人間」と「劣った人間」に分ける考え方が根底にあります。

 

そして、それは哲学者ニーチェの「超人」「人間」をわける考えに根差しているという分析もあります。

 

 

しかし、それはそもそもキリスト教の「人間が賢くて偉い」「動物は劣っている」という思想に根差してはいないでしょうか?

  

それがひいては「人種差別」につながっていないのでしょうか?

 

 

 

「ユダヤ人迫害」

 

「同性愛者迫害」

 

 

「人種差別:白人(white)が賢くて倫理的な人間、色つき(colored)は知能の劣った動物」

 

 

ぜんぶ、キリスト教となにかしら関連が見えるものです。

 

すくなくとも私にはこれらは、ヒトラー個人とナチス幹部だけの思い付きとは到底思えません。

 

 

 

最後にユダヤ人に対する虐殺に関する Wikipedia 記事へのリンクを添付しておきます。 

 

 

「ユダヤ人虐殺 Anti-Jewish Pogroms」

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Category:Anti-Jewish_pogroms

 

 

 

歴史・宗教・思想を学ぶと世界がつながる

 

ユダヤ人迫害ですら過去のことではありません。

 

キリスト教とはなじみの薄い日本人であっても、こういった歴史・信仰・宗教を知識として知っておくべきだと思います。

 

 

海外のニュースを見て「なんでこんなことになるんだ!?」と思うとき、それは歴史や宗教、思想が大いに関係していることもたくさんあります。

 

 

それはひるがえって日本も同じで「なんで日本人ってこうなんだ!?」と海外の人が思うときがあるはずです。

 

そういう時こそ、日本や中国、インドなどアジアの歴史や宗教、思想を知っていることが、相手の納得を引き出すヒントになる可能性は大いにあります。

【 次の記事 】水滸伝・108人の英雄のあだ名の意味と英語訳