戦術と戦略の違いを英語 tactic strategy を使って解説

clausewitz 世界が広がる英語の知識

ビジネスやスポーツの場面で「戦術」や「戦略」という言葉はよく使われています。

それぞれ、英語で「戦術」は tactic そして「戦略」は strategy といいます。

さて私見で恐縮ですが、日本人が使う場合は「戦術」と「戦略」の意味の違いが区別できていないケースがほとんどのように見受けられます。  

司馬遼太郎さんの小説「花神(かしん)」に登場する幕末の天才軍略家、大村益次郎のセリフにこのようなものがあります。

タクチーキ(戦術)のみを知ってストラトギー(戦略)を知らざる者は、ついに国家をあやまつ

花神

「戦術」を知っていても「戦略」を知らない場合には「国家をあやまつ」という強い表現が使われています。

もし司馬さんの言うことが正しいなら、由々しき事態だと思います。

ですが、そこはご心配なく。「戦術」と「戦略」は英語から翻訳された言葉です。

であれば、英語の意味を知ることで、その違いが明確になり「国家をあやまつ」という状況は避けられるはずです。

戦術(Tactic)を英語と日本語で解説

tactic(戦術)の語源はギリシャ語(Greek)で taktike です。

その意味は「整列する技術 art of arrangement」となります。

そこから部隊を整列して運用する技術として「用兵術」を意味するようになりました。

より詳しく知るために、Wikipedia より「Tactic(英語)」「戦術(日本語)」の記事を引用します。 

“A tactic is a conceptual action aiming at the achievement of a goal. This action can be implemented as one or more specific tasks. The term is commonly used in business, protest and military contexts, as well as in chess, sports or other competitive activities.”

「戦術は、作戦・戦闘において任務達成のために部隊・物資を効果的に配置・移動して戦闘力を運用する術である。そこから派生して言葉としては競技や経済・経営、討論・交渉などの競争における戦い方をも意味するようになる。」

Wikipedia

いろいろと書いてありますが、戦術の中心的な意味は「戦闘において勝利する確率を上げる行動」でよいと思います。

よくスポーツでいう「相手がいやがる」「意表をつく」「裏をかく」などいろいろありますが、いずれも戦術に関することだと思います。

「戦術」に関しては日本語も英語もあまり違いがありません。

戦術とは「実践的に人やモノを動かす」つまり「現場での運用」に関するもの

戦略(strategy ストラトギー)を英語と日本語で解説

次に strategy(戦略)の語源ですが、こちらもギリシャ語の stratēgia です。

この言葉は「将軍の指揮能力 generalship」を意味していました。

将軍(general)の指揮能力ということは、つまり「大軍を運用する能力」となります。

さきほどの tactic よりも大きな規模での運用能力が strategy に求められると推察されます。

それでは Wikipedia より「strategy(英語)」「戦略(日本語)」の記事をそれぞれ引用してみます。

“Strategy is a high level plan to achieve one or more goals under conditions of uncertainty.”

「戦略とは一般的には特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学である」

Wikipedia

どうも英語と日本語では、内容が違うところがあるようです。

ですが、共通点は「目標達成を目指すためのもの」です。この部分はブレていません。

次に、相違点を上げていきましょう。

英語には under conditions of uncertainty(不確定な状況下で) が入っていますが日本語にはありません。

日本語には「長期的視野」と「複合思考」が入っていますが、英語にはありません。

英語は「strategy は plan」だと言っているのに対し、日本語は「戦略は技術・応用科学」と言っています。

念のため、英語の Wikipedia にある「strategy」の要旨をまとめます。

不確定要素に左右される状況下での目標達成のための計画策定

一方、日本語ではどうなっているでしょうか。

複合思考・長期的視野・総合的に運用

このあたりの意味の違いが、もしかすると日本人が「戦術」と「戦略」と区別できていない理由にもつながってきそうです。

しかし、その原因は日本人や日本語に一方的にあるわけではありません。

そこで「strategy」と「戦略」の差が生まれてしまったところからじっくり見ていきましょう。

そもそも「戦略」がややこしい

「戦術」と「戦略」という言葉は古代ギリシャで生まれています。

当時は紀元前です。そんな時代では「戦略」と「戦術」に大差はありませんでした。

なぜなら、戦争といえば将軍が全軍を率いて総力戦を行うのが基本だったからです。

当然、そのころはインターネットや核兵器はおろか、空母や戦闘機すらありませんでした。

しかし、戦争も時代とともに変わっていきます。

技術が進歩し、情勢も複雑化していきます。

各地域ごとに勢力が存在した時代からの転換期は中世です。

圧倒的武力を背景にイスラムやモンゴルによる大帝国が建てられます。

文化圏をいくつもまたぐような帝国運営には巨大な統治・経済のシステムが必要となります。

そこから大航海時代を経て、ヨーロッパ列強による世界分割が進みます。

植民地の資源や人材を総動員し、海外での植民地争奪戦と本国のあるヨーロッパでの同時進行の戦いにシフトしていきます。

こうなってくると戦いも、一度の決戦だけで勝敗が決まるものではなくなりました。

そして二度の世界大戦期には、地球規模で複数の大規模な部隊を同時運用して戦うことが主流になりました。

さらに冷戦後、核ミサイルを地球の裏側に打ち込める国がいくつもできてしまいました。

ましてサイバー空間や宇宙空間での戦いになると、もはや兵隊を集めて戦うような状況ではなくなります。

時代が進むにつれて、戦いのスケール感が加速度的に大きくなってしまったのです。

こうして世界が変わっても「戦術」は「実行する手段」なので定義にあまり変化はありません。

あくまで「現場対応」の領域であることは共通の認識としてよいでしょう。

しかし「戦略」は戦いのスケール感が大きくなるにしたがって、その「戦略」が目標にするもののスケールまで大きくなってしまったんです。

さらに「戦術」と「戦略」は戦いだけでなく、スポーツや経営、政治にも転用されている現状があります。

複雑化する現実に飲みこまれて使用されているため、とくに「戦略」の本来の意味が理解しにくいことが、混乱を招く大きな原因となっています。

とはいえ実際には、軍事用語としての用法に限らず「戦術」と「戦略」には大きな違いがあります。

そのヒントはクラウゼヴィッツという人物から得ることができます。

Thus Spoke Clausewitz

プロイセンの軍事学者であるカール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz 1780-1831)は、ナポレオン戦争の時代を生きた軍人でもあります。

そして現代でも通用すると評される著書「戦争論(On War)」のなかで、こういっています。

The distinction between tactics and strategy is now almost universal, and everyone knows fairly well where each particular factor belongs without clearly understanding why.

『「戦術 tactics」と「戦略 strategy」の区別は、今やほぼどこでも通用する感じなんやけど、世の中の人はみんな、理由ははっきりわからんなりに、これらのそれぞれ独特な要素がどんなもんかはようわかっとる。』

On War(邦訳:戦争論)

そうなんです。おそらくプロイセンだけでなく英語圏を含む欧米圏で、tactic と strategy の違いは「ほぼどこでも通用する almost universal」のです。

クラウゼヴィッツはプロイセン(ドイツ)の軍人ですが、孫子(そんし Sun Tzu)と並んで英語圏でも、軍事戦略における2大巨頭といえる存在です。

当然、英語の定義でもクラウゼヴィッツの影響は非常に大きいです。

ゆえに「戦争論」における定義を無視して「戦術」と「戦略」は理解できないといって差し支えないでしょう。

英語の Tactic と Strategy の違いとは?

それではクラウゼヴィッツに尋ねる前に再確認です。

英語を使って「strategy と tactic の違い」を見ていきましょう。

好都合にも Wikipedia の tactic の記事に、その2つの違いが載っていましたので引用します。 ポイントとなる部分は太字にしてみました。

“The terms tactic and strategy are often confused: tactics are the actual means used to gain an objective, while strategy is the overall campaign plan, which may involve complex operational patterns, activity, and decision-making that govern tactical execution.”

Tactic – Wikipedia

まず tactics ですが「actual means 実際に行われる手段」となっています。

こちらは「現場対応」や「実践的内容」になります。これはいままで見てきたとおりです。

次に strategy を見ていきます。

先ほど見た strategy の記事では high level plan となっていましたが、こちらでは overall campaign plan になっています。

campaign とは軍事用語では「遠征・軍事行動」などを意味しています。

いずれにせよ本質的な部分は「実行計画策定」ということでよいと思います。 

Also Thus Spoke Clausewitz

それでは次に、クラウゼヴィッツの「On war 戦争論」における「strategy と tactic の違い」を見ていきます。  

“Tactics teaches the use of armed forces in the engagement; strategy, the use of engagements for the object of the war.”

On War(邦訳:戦争論)

ここでは engagement(s) と表現されていますが、中身は battle(s) のことです。

上記の英文は原書の翻訳なので、もっとわかりやすいように言い換えてみましょう。

次の英訳はコロンビア大学ビジネススクールの記事から引用しました。

Tactics are the use of armed forces in a particular battle, while strategy is the doctrine of the use of individual battles for the purposes of war.

『戦術とは、ある特定の戦闘(battle)において、いかに武力を行使するか?に関するものであり、一方で戦略は、戦争(war)目的の達成にむけ、個々の戦闘(battles)をいかに戦うか?に関する方針のことである。』

Von Clausewitz on War: Six Lessons for the Modern Strategist

しかし、ここで大きな疑問が沸き上がってきます

そもそも battlewar の違いは何なのでしょうか?

 日本語に訳すとそれぞれ「戦闘」と「戦争」が適訳でしょうか。

ずば抜けた軍事的才能をもち、上官でも躊躇せずに直言したことで「帝国陸軍の異端児」と呼ばれた石原莞爾(いしわらかんじ)は、立命館大学で行った国防論の講義の序文でこういっています。

近時、民間にも戦争の研究熱が高まりつつあるは、誠に喜ばしい。広汎なるドイツ流の戦争学体系を完成することは、もとより必要であるが『戦闘に於いて百時簡単なるものよく功を奏す』との原則は、戦争に適応せらるるべきである。

石原莞爾

石原の講義では「戦闘 battle」と「戦争 war」が明確に別の言葉だという意図で使われています。

たとえ日本人であっても、石原莞爾のようなドイツで軍事をまなび、古今の膨大な文献を研究した希代の戦略家であれば、その違いを理解しています。

しかし残念ながら、日本語では battle と war の違いが欠落しているのが実情ではないでしょうか。

それにより tactic と strategy の本質的な違いが認識しにくい状況になっています。

“Strategy” に存在し「戦略」に存在しないもの

おそらく日本語だけで考えていると war と battle の違いは明確にできないはずです。

では仮に battle と war の違いを無視したまま「戦略」をとらえたらどうなるでしょうか?

「戦術」も「戦略」も勝利を目指す行為のはずです。

一つ一つ着実に勝利を目指すだけではダメなのでしょうか?

堅実に勝利を目指す行為が、自然に「戦術」や「戦略」につながらないのでしょうか?

あえていいます。答えは、絶対に「NO」です。

仮に戦術を組みあわせたとしても、戦略が英語の strategy に対応する意味になることはありません。

その理由は、英語の strategy には、日本語の「戦略」に存在しない「ある要素が含まれているからです。

そして、その要素とは負け defeatのことです。

そんなはずはない!そもそも負けないように戦術も戦略もあるんだ!

と、おっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。 

一つ補足させていただくと、ここでいう「負け defeat」は最終結果ではありません

戦いを終結に導く最終的な勝利までには、敗北も多々あるはずです。

実際に、アメリカの小説家 F. Scott Fitzgerald はこう言っています。

“Never confuse a single defeat with a final defeat.” 

「たった一つの敗北と、最終的な敗北を混同することがあってはならない。」

F. Scott Fitzgerald

最終的な勝利と、そこまでに必要な個々の戦いの勝敗は全く違うものです。

それゆえ「負け戦」があったとしても挽回策」が重要になります。

ここでもう一度、Wikipedia の Strategy の記事から引用します。

“Strategy is a high level plan to achieve one or more goals under conditions of uncertainty.”

Wikipedia

strategy の定義として不確実性に左右される状況下でとしっかりと記述してあります。

いつなんどきでも、負けや失敗が起こる可能性は存在します。

計画通りに百戦百勝のような状況は望むべくもないという前提が取られています。

そして当然のことながら、英語の strategy には「敗北・失敗からの挽回策」が含まれているんです。

そんなこと何でわかるんだ?

と、また思われる方もいらっしゃるかもしれません。

その答えはある英単語をみることで浮かび上がってきます。

そして、その英単語とはクラウゼヴィッツの指摘している「battle」と「warなんです。

Battle と War の違いが見えていますか?

先ほど引用した石原莞爾の言葉からは次のように違いを意識して訳語としているのは明白です。 

  • 戦闘 = battle
  • 戦争 = war

ただ、それらの違いは日本語だけだとイマイチ明確ではないと思います。

ところが英語には、battle と war を明確に区別した表現がよくあります。

それでは、実際にみていきましょう。

  • I may lose this battle, but not the war.
  • この battle は負けたとしても、最終的な the war の勝利は譲らぬ。
  • We might have lost some battles, but we are winning the war.
  • 何度か負けた battles はあったかもしれないが、このままいけば我々が the war に勝利する。
  • You may have won a battle, but not the war.
  • きみたちは a battle には勝利したかもしれないが、the war において勝利したわけではない。

またベストセラーとなった Yuval Noah Harari の著書「Sapiens (サピエンス全史)」からも引用します。

The ancient Romans were used to being defeated. Like the rulers of most of history’s great empires, they could lose battle after battle but still win the war.

『古代ローマ人は敗北することに慣れていた。歴史上のほとんどの巨大な帝国における支配者たちのように、次々に battle に負けることはあっても、それでも war に勝つことが可能だった。』

Sapiens

さて、battle と war の違いが分かって頂けたでしょうか?

battle の結果は、war に影響しても、最終結果を決定づけるものとは限らない

あくまでも war が最終的な目標なのです。

そして、この battle と war を tactic と strategy に対応させてみます。

  • battle の勝利を目指す行動が tactic
  • war の勝利を目指す行動が strategy

これはクラウゼヴィッツが語ったことと見事に合致しています。

もちろん石原莞爾の著書でも「戦争・戦略」と「戦闘・戦術」は明確にペアリングされて使われています。

戦争時の技術が攻撃に有利な場合は「決戦戦争」と呼んでいます。

これでは守勢に回っては相手に有利になってしまいます。

それゆえ攻撃は最大の防御ということで「破滅戦略」をとることになります。

一方、防御に有利な場合は「持久戦争」となります。

この場合、あえて攻撃を仕掛けても相手の優位を崩すのは容易ではありません。

それゆえ防御を固め、補給を体制を確立して「消耗戦略」をとることになります。

また、石原は中世ヨーロッパで戦意の低い傭兵が軍隊の基本になっていったため、規律による管理の傾向が強まり、個々の判断能力が低下したことに対しこういっています。

戦術が煩瑣なものになって専門化したことは恐るべき堕落であります。それで戦闘が思う通りにできないのです。ちょっとした地形の障害でもあれば、それを克服することができない。

石原莞爾

石原の使い方では、英語と全く同じように「戦闘・戦術」そして「戦争・戦略」がそれぞれ対応するように使われています。

Strategy(戦略)の意義は「負け」にあり

まず、実際に闘争が起きるのは現場です。

だれだって勝利を目指していますし、そのため tactic を駆使して battle を勝とうとします。

しかし、battle は負けることもあります

最終的な war での勝利への筋道を計画に入れ込む際に、battle で負ける可能性を踏まえて、立て直し計画を仕込むことが「戦略 strategy」です。 

また、クラウゼヴィッツは不確定要素」が war において大きな割合をしめていると語っています。

“War is the realm of uncertainty; three quarters of the factors on which action in war is based are wrapped in a fog of greater or lesser uncertainty. A sensitive and discriminating judgment is called for; a skilled intelligence to scent out the truth.”

「戦争ゆうのは不確定要素ばっかりの領域にあるもんや。戦争における行動の起点になる要素の大半が、多少なりとも不確定要素の霧に包まれとって、なにがなんやらわからへん。そんで繊細かつ本質を見極める判断力が必要になる。それってなんかというと、真実を嗅ぎ付ける鍛え上げられた知性のことや。」

On War(邦訳:戦争論)

戦いにおいて「意表を突かれる」「想定外」は死や敗北に直結します。

それゆえ war の勝利を目標とし、battle における敗北や失敗からの挽回や外交交渉なども考慮してこそ strategy なのです。

もし、一本調子で全戦全勝なら、tactics を並べるだけで大丈夫なはずです。

そう考えると「負けた時、失敗した場合の挽回策打開策事前に用意されているか否かが戦略の価値を決める」といっても過言ではないでしょう。

「戦略」の失敗は「戦術」では挽回できません。 
「戦術」の失敗を事前に考慮し、対策をとるのは「戦略」の領域です。

それでは上記を踏まえて「戦略」と「戦術」をまとめてみます。

戦術 tactic = battle の勝率を上げる行為

  • 数ある battle(s) の中では、負けや失敗も起こりうる
  • 現場運用の要素が濃く、不確定要素の影響を大きく受ける

戦略 strategy = 最終目標である war の勝利を策定する行為

  • war での勝利につながる battle(s) を選定する
  • 負けた battle(s) の挽回策も含む
  • 不確定要素をいかに事前に織り込めるか?が価値を決める

このことを証明するかのように英語には「負け戦が起こること前提での事前の対応策」を重視した表現があります。

では、実際にその「負け戦の対応策」に関する英語表現をいくつか紹介します。

So… What’s Plan B?

うまくいかんかったときにどないすんねん?

これは「戦術」ではなく「戦略」の領域です。

英語には「Plan B」と言う表現があります。

まず「Plan A」という現時点で最善とされるプランが存在する前提があります。

特に戦いに限った表現ではなく、様々な場面で使うことができます。

現状で「これが一番いい!」と思う戦術を実行するのですが、うまくいくとは限りません。

いわゆる「次善の策」つまり Plan A の次で「Plan Bです。

その場その場での場当たり的な対応策ではなく、事前に練られた「plan」になります。

ちなみに第二次世界大戦でヨーロッパ方面を指揮し、後にアメリカ大統領となった Dwight Eisenhower はこんな言葉を残しています。

In preparing for battle I have always found that plans are useless, but planning is indispensable.

『戦闘準備に於いて、プランそのものは役に立たないが、プランを立てることが絶対的に重要だ、と理解する経験を私は常にしてきた。』

Dwight Eisenhower

Eisenhower は「プランは役に立たない」と言い切っています。しかし同時に「プランニングは不可欠だ」とも言っています。

これは「事前にどんな状況が起こりうるか?」を徹底的に検討しておくことで、不測の事態ばかりおこる現場での対応力が高まる、ということを言いたかったようです。

Plan B を持っていたとして、その想定外のことも当然起こりえます。

とはいえ、Plan B を策定するために試行錯誤することには大いに意味があることでしょう。

未来は予期しないことが起こる可能性が大いにあるのですから。

Exit Strategy, Not Exit Tactic

「戦略」に関する用語でとくに重要なものは「出口戦略 exit strategy」です。

出口戦術でなく出口戦略です。

これはベトナム戦争で初めて使われた用語で「膠着した戦況や損失を重ねる状況から抜け出す方策」のことです。

戦争でもビジネスでも戦闘を継続すること自体が、国や会社に大きな損害を強いる場合があります。

そうなると、一刻でも早くその状況から抜け出すことが大きな目標になります。

この場合の strategy は「war に勝利する」ことよりwar に負けない」を優先しています。

勝てないなら、いったん撤退し、再起を図る

これも strategy の定義に合致する内容です。

「毒を食らわば皿まで」ばかりでは国も会社もやっていけません。

また英語にも「逃げるが勝ち」と訳される表現もあります。 

“Discretion is the better part of valor.”

この表現は、捨て台詞のような意味もありますが、同時に「そもそも窮地に陥る可能性を避ける」ことも意識されています。

本質は「無謀な勇気で物事に向き合うことを避けよ」という意味です。

Contingency Plan

battle や war とはすこしそれますが、災害などの不測の事態に備える計画も存在します。

災害時の対策を事前に決めておくものは contingency plan と呼ばれています。

a future event or circumstance which is possible but cannot be predicted with certainty.

Oxford English Dictionary

その意味のポイントは「確実性をもって予期することはかなわないが、将来に十分に起こりうる出来事」になります。

日本人にとってみれば「大地震」を当てはめてみるとよくわかると思います。

日本列島では地震は確実に起こります。

現時点では「いつ」「どこで」「どれぐらいの規模で」が全く予期不可能なだけです。

それゆえ「地震を正確に予期すること」ではなく「地震が起きた時の対応計画策定」に焦点を切り替えることに意義が生まれます。

この contingency plan は日本語で「コンティンジェンシープラン」とカタカナ語でよく使われています。

一応、「緊急時対応計画」という言葉があるようですが、大切なのはその中身です。

そもそも予測することが極めて困難だが、その発生を可能性を見逃さず、不測の事態を可能な限り、事前に盛り込んで計画をつくるということです。

ここでも「不確定要素」による「甚大な被害」への対処を策定する姿勢が見えてきます。

クラウゼヴィッツも戦争における「不確定要素 fog of war」について指摘していました。

英語の strategy にも「不確定要素 uncertainty」に関する記述がありました。

とすれば、contingency plan の考え方も「戦略的思考」と十分にいえるでしょう。

戦いの天才は「負け」の可能性を見ている

これまで、英語に存在する「自分たちに都合の悪い状況への事前対応」の表現をいくつか見てきました。

これは「戦いの天才 military genius」と呼ばれる人たちの発想とも一致しているように思います。

そして彼らの名言の中には「負けの可能性」を前提として、それを最大に恐れているものがあります。 

それでは見ていきましょう。

There is no greater coward than I when I am drawing a plan of campaign.

『遠征計画を練っている時の私よりも臆病な人間はこの世に存在しない。』

Napoleon Bonaparte

「およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ、七分は怠りが生じ、十分は驕りを生ず。」

武田信玄(甲陽軍鑑)

ナポレオンも武田信玄も「戦いの天才」と評されていることに異論は極めて少ないかと思います。

当たり前ですが、彼らは戦いの前に「負ける」ことを受け入れているわけではありません。

敗北の可能性を見落とすことを恐れる

これこそが彼らが「戦いの天才」たる所以なのだと思います。

目標を決めて不都合な事実に目を向けることが戦略

戦略とは「不確定要素を含むすべての要因を包括する枠組みでとらえ、目標達成への筋道を描くこと」です。

それゆえ戦略をつくるまえに、最終目標が明確に存在する前提が成り立たねばなりません。

ゴールありきでないと、全体のプランニングができません。

それゆえ「どこまでの要素を含んで全体的な枠組みとするか?」で戦略の中身が大きく変わります。

さらに、戦略や戦術などの用語が戦争以外の分野にも適応されている事実もあります。

スポーツはともかく、ビジネスや国際関係などはゴールが見える活動ばかりではありません

つまり「戦略とは何か?」という議論や定義は、使う人や分野などで変化し、辞書的な理解はあまり意味をなさないのが現実でしょう。

結局「どういった範囲・規模・時間的な枠組みで、物事を考えているのか?」に応じて戦略の内容が変化します。

それはつまり「戦略家」が考えるスケールの大きさによって「戦略」が決まってしまうということです。

とはいえ先の見えない世の中では、明確な目標を掲げることが困難になります。

そうなれば「戦略」は非常にあいまいで、不確かなものに変化しています。

戦略は「目標の大きさ」とそれに見合った「戦略家のプランニングのスケール感」を反映します。

不明確な現実だからこそ・・・

不確実な未来だからこそ・・・

「戦略」がますます重要になってきています。

不確実な状況でも、事前になんらかの対策を行っておき、損失を抑える。

直面する事態が全くの想定不能なものであっても、そこでうろたえず全力でリカバリーをする。

こういったことを事前に可能な限り策定することが本来の「戦略」の要旨です。

それゆえ、「ストラトギー(戦略)」が理解できない指導者が「国をあやまつ」と司馬遼太郎さんがおっしゃっていたのでしょう。 

なぜなら「戦略 strategy」とは勝利を一直線に目指すものではなく、「battle の負け」を「war の負け」にしないためのサバイバルプランなのです。

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