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英語の「完了」と「未来」はキリスト教と仏教でわかる(英語うんちく No.009)

英語の時制がわからなくて困っていませんか?

 

「過去」「現在」「未来」「進行」「完了」

 

これら5つが学校で英語の時制として習うものです。

 

 

しかし「未来」「進行」「完了」はこまかくいうと時制ではないです。

  

英語の時制は「現在」と「過去」しかありません。

 

 

それでは完了、進行、未来が時制ではないとなぜ言えるのでしょうか?

 

その理由をキリスト教(Christianity)と仏教(Buddhism)の違いを比べながら説明していきます。

 

 

 

仏教(日本語)の時間感覚は「過去」「現在」「未来」

 

日本人は「過去」「現在」「未来」について、完全に英語と違う感覚をもっています。

 

これが原因で「英語の時制がむずかしい!」と感じる日本人が量産されるわけです。

 

しかし日本語が仏教のコンセプトを持つ言葉なのは、自分たちの文化の特徴なのでうれしく思います。

 

 

さて、それはさておき、仏教の時間感覚がどういうモノかというと・・

 

 

「過去」「現在」「未来」が直接つながっていない独立したものになっています。

 

 

 

 

仏教には、輪廻転生という生まれ変わりの思想があります。

 

 

「前世(過去)」

 

「現世(現在)」

 

「来世(未来)」

 

 

これらの世界は、直線的な延長上に存在しない、それぞれ別々の時間です。 

 

 

日本人は「前世」「現世」「来世」と同じようにそれぞれ、独立したものとして「過去」「現在」「未来」という時制をとらえているかもしれません。

 

 

事実、熊野古道で有名な熊野三山や東北の出羽三山のそれぞれ3つの神社は「過去」「現在」「未来」の救済を表しています。

 

 

「熊野三山(くまのさんざん)」

 

熊野那智大社(なちたいしゃ) ⇒ 現世(現在)

 

熊野速玉大社(はやたまたいしゃ) ⇒ 前世(過去)

 

熊野本宮大社(ほんぐうたいしゃ) ⇒ 来世(未来)

 

 

熊野に興味のある方はこちらのブログもごらんください。

 

英語で日本を学ぼう No.002 熊野古道・熊野三山 

 

 

 

「出羽三山(でわさんざん)」

 

羽黒山神社(はぐろさんじんじゃ) ⇒ 現世(現在)

 

月山神社(がっさんじんじゃ) ⇒ 前世(過去)

 

湯殿山神社(ゆどのさんじんじゃ)⇒ 来世(未来)

 

 

 

日本人の時間間隔が「過去~現在~未来」を基本にしているのが、お判りいただけたでしょうか?

 

しかし、英語で同じように考えてしまうと大きなズレが生じてしまいます。 

 

 

英語はキリスト教の影響を強く受けた言葉なので、それを踏まえて進めていきます。

 

それでは英語の時間感覚をみていきましょう。

 

 

 

God の意志を知ると、英語の時制がわかる

 

英語の時間感覚は「完了」と「予定」の2つで「過去~現在~未来」すべてを含むことができます。

 

 

「過去」「現在」「未来」がどこにもないやん!!?

 

 

はい、どこにもありません。でも、こういう感覚が重要です。

 

 

これを理解するには「キリスト教」の考え方を知る必要があります。

 

 

キリスト教には「世界をつくった絶対神 God」がいます。

 

なんでもできてしまう全知全能である God が目指すものはなんでしょうか?

 

 

God は世界を理想に近づける意志を持ち、計画を実行中である

 

 

これがキリスト教を信じる人々の発想です。ここが重要です。

 

この感覚をもつことで英語の時制がカンペキにわかるようになります。

 

 

 

英語の時間は God の意志に従い流れる

 

さて、キリスト教を知るためにすこし聖書のお話しをします。

 

 

まず God の意志で世界が作られました。

 

これを天地創造といいます。

 

God はその世界をより良いものにしたいとおもい、時の流れとともに物事を進化させます。

 

その God のお手伝いをするのがキリスト教徒です。

 

時が流れていくなかで、どんどん God の意志が実現していきます。

 

そして、その時の流れの中で、我々も今を生きています。

 

 

 

このようにして世界は God の意志で進化しており、これからも世界はもっと良くなる予定です。

 

 

 

God の視点でみた時制

 

さて、キリスト教の時間感覚を踏まえたうえで、英語の時制のお話しです。

 

 

キリスト教では God の意志(will)で世界は創造されました。

 

そして世界の時の流れは God の意志(Gods Will)に従って物事が実現していく過程と考えます。

 

ですので実際に使う英語もその影響を受けます。

  

  

どこまで God の意志が実現しているのか」をあらわす時間感覚として「完了」があります。

 

 

これから God の意志が実現する予定」をあらわす時間感覚として「予定」があります。

 

  

 

 

英語は「人間の視点」と「God の視点」の両方から考えるようにできている言葉です。

 

我々が一般的に「過去」「現在」「未来」と考えていることでも、God の視点をもてばすこし変わってきます。 

 

 

「過去~現在」 ⇒ 「すでに実現したこと」 ⇒ 完了

 

 

「未来」 ⇒ 「これから実現すること」 ⇒ (現時点の)予定  

 

 

 

完了形は「実現済み」のこと

 

ちなみに英語の原型ともいえるラテン語では過去と完了の区別はありません

 

過去形は存在せずに、過去を含める形で「完了」が存在します。

 

過去・完了の両方まとめて「実現していること」という理解です。

 

 

 

中国語も同じように過去形はありません。完了形で過去形を表現します。 

 

「~了」をつけることで「完了=終わっていること」という認識になります。

  

「お疲れ様 = 辛苦了(つらく苦しいことはもうおわり!)」です。

 

  

もちろん文法的には「完了」を時制と言えなくもないです。

 

 

しかし「現在」や「過去」は特定の時間を明確に指定しているのに対し、完了形はもっと適応範囲が広いです。

 

「完了」「経験」「継続」などはその代表ですが、それだけにとどまりません。

 

 

I am happy to have met you. 

 

I would have been there.

 

 

これらの文のように「過去」を表したいけど、不定詞や助動詞があるので「完了形で代用する」というトリックも使われています。

 

 

このような使い方は「am are is was were」に代表される「現在」「過去」にはありえません。

 

完了形は「実現」を表すとても柔軟な表現なんです。

 

そう考えると、時制を明示する役割は完了形に期待されていないようです。

 

 

 

英語の未来形は「現在の予定」

 

まず英語の「未来形」というのは「現在形」と「過去形」と比べて全く別の内容です。

 

 

一般的には「未来形」と呼ばれているものは、本当は「予定」のことです。

 

決して未来の話ではありません!!!

 

 

そもそも「未来時制」は、英語には存在していません

 

 

未来をあらわすには助動詞 willbe going to を習いますが、この2つとも現在時制です。

 

現時点での未来への意志・予定を表すだけで未来時制ではありません

 

 

 

文法上の用語として「未来形」というのは「現時点での未来への予定・意思」を表す文につかいます。

 

未来のことを見てきたわけでもなんでもありません。視点は現在にあります。

 

 

 

will も be going to も未来形ではない

 

それでは具体的に will と be going to が未来時制でない理由を説明します。

 

 

「助動詞 will」

 

 

will は「現時点での意志」なので、「未来時制」ではないです。 

 

「未来への意志を現在時制の助動詞」です。

 

 

will の過去形は「would」なので、もし「will」が「未来時制」ならつじつまが合わなくなります。

 

 

また助動詞 shall も「強い意志・義務感」を示す表現です。

 

will のように未来への方向性を示す使い方もできます。

 

 

文法的な視点で「未来時制」が存在しない理由を知りたい方はこちらをごらんください。

 

未来形、ホントはただの現在時制(英文法 No.014)

 

 

 

「be going to」

 

 

be going to も未来形として習いますが、こちらは「be動詞」で時制が決まります

 

 

同じ理由で「進行形」は時制ではありません。

 

詳しい解説を知りたい方はこちらのブログをご覧ください。

 

進行形の正体は動詞っぽい形容詞(英文法 No.011)

 

 

 

それでは例文を見ていきましょう。

 

 

I am going to do it. (現在形)

 

 

I was going to say that. (過去形)

 

 

意味は単に「現時点で~する方向に向かっている」という表現です。

 

 

be動詞が過去形になれば、当然、過去の時点の話へと変わります。

 

それでは先ほどの例文を訳してみましょう。

 

 

 

am going to do it. (現在形)

 

 私は=(現時点で)向かっています する方向へ それを

 

  

また be going to は will と違って「実現しそうな未来」というイメージがあるという解説もよくあります。

 

 

それは単純に「そこに向かっている状態です」という表現だからでしょう。

 

 

一方、「will」は意志です。

 

現状に関係なく、このようなイメージで使えます。

 

 

「(自分の意志で)いずれ~してやるぞ!

 

「(God の意志で)ものごとはそうなるものだよ

 

「(God の計画で)そのうち~のようになるさ

 

 

God の偉大なプランの中では、いずれ物事はあるべき姿になる」というような感覚でつかわれることもあります。

 

 

 

「過去~現在~未来」は「完了 + 予定」で表す

 

完了と予定」は合わせて考えると「God の計画における実績と予定」になります。 

 

そして日本語の「過去~現在~未来」の代わりに「時間の流れすべて」をあらわす表現になります。

 

 

 

There always have been wars, there always will be wars.

 

いままで戦争はずっとあり続けてきた。これからも戦争はあり続けるだろう。

 

 

So has it been, so shall it be.

 

いままでそれはそのようであり続けてきた。これからもそうあるべきだ。

 

 

 

このような「今まで〇〇だった、そしてこれからも〇〇だ」のような表現は、「永遠不変の真理」をあらわすときにつかえます。

 

時がどれだけ流れようとも、変わらないものがある、という感じですかね。

 

 

 

英語の時制は「キリスト教の世界観」を知れば、一気に理解度があがるのを実感してもらえたでしょうか?

 

日本語になんでも当てはめていく発想ではなく、言葉の世界観に入ってみるといいと思います。

 

「by English」ではなく「in English」で考えましょう。

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コメント: 2
  • #1

    すぐる (火曜日, 30 7月 2019 13:57)

    おそらく印欧祖語の系統や歴史を無視した妄想に近い主張だと思われます。
    印欧祖語の歴史はキリスト教よりもずっと古く、印欧祖語とその子孫を話す民族は必ずしもキリスト教徒とは限りません。時制は宗教とはとくに関係ありません。will, shall, の概念はゲルマン語由来でキリスト教伝来以前からあります。
    また時制は時代によっても変化するもので、英語も近代英語に大きく影響を与えたシェイクスピアの時代以降ですら変化しています。同じ英語でもアメリカとイギリスでも違います(現在完了形や未来形の使い方など)。他の印欧語もしかりです。フランス語は過去形しかなかったはずのラテン語から派生しました。筆者の主張ではキリスト教ができたあとに生まれた言語であるフランス語に完了形ができた理由が説明できません。
    それとラテン語は英語の祖とは全く言えず(おなじ印欧語族ではあるが別系統で借用語以上の影響はない)、ゲルマン語の文法にフランス語(ラテン語から生まれた言語)からの借用語を足した言語だと見るのが一般的です。
    英語の教師をされているみたいですが、しっかり学術的な議論を踏まえた上で生徒さんに説明されることをおすすめします。

  • #2

    あるま・まーた (火曜日, 30 7月 2019 20:14)

    すぐるさん

    コメントありがとうございます。
    すこし誤解があるようですが、キリスト教が完了形や未来形の起源になったという話は私はしていないはずですよ。

    英語の完了形や未来はキリスト教や西洋哲学の発想の文脈でよくつかわれています。
    一方で、日本語には実現or未実現という使い方はあまりしないと思います。そもそも時制というより動作の完了・未完了にフォーカスを当てた感覚だと思います。
    その部分を説明する際に、仏教の考え方とキリスト教(哲学だとヘーゲルの絶対精神)などは非常によい対比になっていると思います。
    これは言語はどこから発達したか?はもちろん大事ですが、人々が言語の持つ特性をどのように思想や信仰に合わせて表現したか?も同じく大事だと思います。

    言語の歴史などの話は興味深く伺いました。しかしそこは今回、問題となる内容になっていないはずです。
    キリスト教の考え方と非常にリンクした完了や未来の使い方があることを指摘したまでで、その内容に嘘偽りはないはずですから。

    最後にgoogle mapの評価に☆1をつけていただいたのはすぐるさん(google map ではaki ma さん)でしょうか。
    ご丁寧にありがとうございました。以後さらに研鑽を積んでまいります。