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英文法解説にダマされていませんか?(英語うんちく No.003)

「英語はいったいどのように学ぶとよいのか?」についてはいろいろな意見がありますね。

 

そもそも「みんな違うことを言っている」という状況はよくありません。

 

 

ですが、どんなやりかたであれ必要なことが習得できているなら、最終的には成長できるはずです。

 

脳科学的に効果が~とか、長年の経験~とか、方法論は最終的にはあまり関係ないと思います。

 

 

「方法」ではなく「本質」

 

 

どんな道でも頂上に続いている限り、その道を歩けば頂上にたどり着きます

 

つまり本質的なことの学習につながるのか、道筋がそこからそれているか、だけの話なんです。

 

 

 

実際には多くの日本人は英語で困っています。

 

「多くの人ができない」と悩むのであれば、その理由は「英語の本質」であり「日本語の感覚では理解しにくいこと」にしっかりと対策がなされていない、ということですね。

 

公立中学で習う英語をみていると「ほんとうは説明をしなければいけないのにごまかしていること」がたくさんあるとわかります。

 

ではその「ごまかし」はどのようにおこなわれているのか?

 

それは「文の要素(SVOC)」と「品詞」という英語の絶対的ルールがあるのに、それを説明せずに「日本語=英語」の丸暗記をさせて英語を習得させようすることからでているようです。

 

きっと「難しい話をしても中学生にはわからないから、とりあえず無理やり覚えてもらおう」といっているうちに「気合と根性でたくさん練習してとりあえず覚える」になってしまったんでしょうか。

 

理由はわかりませんが、その指導の一点張りであることは確かです。

 

 

 

どれだけむずかしい内容であっても、その部分が重要なのであれば、どれだけ時間がかかっても教え込まなければなりません。

 

「文の要素 SVOC(語順ルール)」と「品詞(言葉の種類)」は日本語の「てにをは」と「活用(やさし、やさし、やさし)」に相当するもので、そこが抜ければまったくどうにもなりません。

 

日本の英語教育はどんな理由であれ、この「超基礎」の文法理解を徹底的に問うことが抜けています。

 

そのため、そのあとがどんどんゆがんでいくのです。

 

 

 

日本人にとっての英文法は「文の要素」と「品詞」が理解できていれば、関係詞も不定詞も受動態もすべてただのルールに従ったシンプルな形だとわかります。

 

あるま・まーたでは体験学習の時に「関係詞」と「不定詞」の解説をさせていただきます。

 

その理由は「日本語⇔英語の丸暗記」だととても手に負えないけれでも、「文の要素」と「品詞」の視点からみればとてもシンプルなことだと理解してもらいやすいからです。

 

 

 

ある高校生の生徒さんの保護者さんに、体験学習の後に感想を伺うと、

 

 

「家に帰ってきたときに『関係代名詞わかった』と言ってました。うちの子、あまりそういうことはいわないんですけど。」

 

 

と、おっしゃっておられました。

 

非常にうれしくなる一方で、つくづく英語は指導する側に課題があるのだなあと感じます。

 

本当は関係詞なんてたった一時間程度の解説で簡単にわかることなんですけどね。

 

 

日本人は英語が苦手なのではありません。

 

日本人と相性のよい英語の学び方に出会っていない人がたくさんいるというだけのことなのです。

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コメント: 4
  • #1

    現役英語教師 (土曜日, 05 10月 2019 21:25)

    では、限られた時間の中で、主語や述語の概念を日本語ですら完全には理解していないであろう13歳の中学生にあなたは、品詞とSVOCを教え込むのが効果的な指導ととお考えということでしょうか?気合いと根性ではなく、反復の中から学ぶこともあるのではないでしょうか。反復は学習の基礎であり、言語のようなものにとって地道な反復は必要不可欠なのではないのでしょうか。
    また、学習の段階で知っていて効果的な内容と、中途半端に知ることにより更なる学習が阻害される内容があるのではないのでしょうか?
    中学英語教師が無能の様なご意見を持ってらっしゃるようで非常に残念です。ご自分で実際の中学校の現場で教えてみることを強くお勧めします。

  • #2

    あるま・まーた (土曜日, 05 10月 2019 22:46)

    現役英語教師さん

    コメントありがとうございます。おっしゃることはよくわかりますよ。ですが失礼ですが、なぜ英語教育改革が叫ばれているかご存知ですか?

    なぜ大学入試も外部試験をいれるだの、いれないだのとなっているかわかりますか?実際に大学はともかくとしてビジネスの現場で英語が使えない人がやまほどいるからでしょう?企業が入社や昇進の条件に英語の資格を入れている現実が厳然とあるのです。

    あなたは社会人のかたのビジネス英語は教えておられますか?中学英語でよくわからなくなったまま社会に出て英語で困っている人たちの声は聴いていますか?現役の生徒さんたちは将来や社会にでたときに実践的な英語が必要になるという不安や心配を抱えながら英語を勉強しています。こういう不安にこたえるために「将来を見据えた英語」が必要だと私は判断しています。

    中学英語の教師の個々の英語力についてとやかくいうつもりはないのですが、うちの生徒や保護者さんたちから聞く範囲ではとんでもないレベルの低さ(個々のバラツキもあるとおもいますが)だと推察します。本当に結果をだす自信があるのでれば、日本の中学英語教師のTOEICの平均点とか実際に公表すればいいと思いますよ。統計がでればみんなの不安も吹き飛ぶはずです。

    「中学の現場でおしえてみるとよい」とおっしゃっていただきましたが、それはお断りいたします。私は学校で何十人も同じクラスで、同じ内容をやることに限界があると思っています。

    そう思っているのは私だけではないでしょう。日本に家庭教師、個別指導や少人数制の塾なんて数えきれないほどあります。個別指導が効果的なら、個別指導に切り替えるのが正しい方策です。

    私は中学生からSVOCと品詞を教えています。それが私は一番いい方法だと思いますし、それは誰かと共有する必要はありません。あくまでウチのやり方でやりますし、それの是非や効果を判断いただくのは、あるま・まーたの生徒さんたちと保護者さんたちです。最終的に結果がでて、生徒さんが「なるほど、そういうことか!英語がわかってきた!」と思ってもらえれば、私にとっては「正解」だと思います。うまくいかないのであれば、この塾はつぶれるだけです。私は公務員ではありませんから、結果に対してはシビアに評価されます。

    あと私は「中学生にはSVOCや品詞やわからないであろう」という発想は持っていません。
    私は生徒さんが日本語がわかりやる気があるのであれば、なんとかする覚悟を決めています。そこは手を抜いたり、軽く見ると信頼関係にかかわると思います。信頼関係を損なった教育はもはやなにも生み出しません。そこは私は妥協する気はないです。

    SVOCと品詞は英語の中心です。それさえわかればあとはどうとでもなります。もっというとそこがわからないとエンジンやモーターが制御できない車やバイクになってしまいます。ですからSVOCと品詞が理解できるように徹底的に教材を作りこんであります。中学の段階で英語の基幹部分をロジカルに身に着けることだけが、私がこの塾を作った意義でありますので。

    ちなみにウチでは中1レベルで分詞構文の超基礎を教えます。なぜなら「INGは進行形!」で固まってしまうとあとで修正するのが面倒だからです。不定詞も同じですよね?その時点で理解するのではなく、最終的にどのような運用が求められるか?を種まきをして、段階的に難化させていく構成にしています。

    あと、私の力量を評価するのは私の生徒さんたちです。同様に、あなたが今教えている生徒さんたちが将来、あなたの英語教師としての力量を評価します。お互いに教育者なのであれば、ご縁あって学んでいただいている生徒さんたちの英語力に全責任をもち、全身全霊をもって結果を出すという前提は変わらないと考えます。

  • #3

    現役英語教師 (日曜日, 06 10月 2019 00:44)

    返信ありがとうございます。
    昨今の入試の現状はよく存じ上げています。四技能をバランスよく測る外部試験の導入で、従来のインプットに偏重した英語教育が変わるのだと期待をしています。大学入試センターの試験もリーディングとリスニングが1:1の配点になるなど、文法指導一辺倒の従来のやり方では対応できない時代がすごそこまでやってきているように思えます。
    ただ、依然私は文法的要素はいずれの領域においても最重要だと考えています。その点ではあなたと考えは近いのではないのでしょうか?将来を見据えた上での品詞、SVOCの指導には大いに賛成です。海外に長期留学をしていても、中学〜高校時代にあまり英語を熱心に勉強してこなかった方が、平気でめちゃくちゃな英語を喋っているのを見て、違和感を覚えた記憶があります。
    あなたがおっしゃる通り、40人近くの生徒に同じ内容を、同じスピードで教えることに限界を感じています。表現は悪いですが、どうしても下のレベルに合わせざるをえないというのが現状です。
    やる気や能力の高い生徒には、中学生の頃からの指導でも効果はあると思います。ただ、下の層の生徒にもと考えた際、違和感を感じてしまいました。感情的な意見で申し訳ありませんでした。ただ、英語の先生たちの多くは情熱を持ち日々模索しながら最善の指導を考えています。
    あなたがおっしゃる通り、「できないだろう」と決めつけるのは教育者として失格ですね。あなたの姿勢を見習い、日々私も研鑽に励みます。

    P.S.時制とキリスト教の関係の記事面白かったです。

  • #4

    あるま・まーた (火曜日, 08 10月 2019 12:17)

    再度のコメントありがとうございます。おっしゃることはよくわかります。ほんとうにわかります。

    ご指摘の通りリスニングこそSVOCと品詞のシステム的理解が重要になります。リスニングが、受験でよくある和訳のように「返り読み」や「単語の意味を勝手に組み合わせる」という受験英語お得意のテクニックが全く機能しません。それゆえ「語順通りに正確に理解する」という能力をもつ人間が、難解な文章でもリスニングできます。

    もちろん「慣れ」でやってもいいのですが、そうとう語学のセンスのある人に限定したほうが良いと思います。「習うより慣れろ」だと、なにせ時間を食いますし、おっしゃるように基本ができていない人間は「リスニング」はなんとなくでできても「スピーキング」などのアウトプットがが見るも無残なものになります。これは個人的な経験からもよくわかります。当の本人は「自分はできている」つもりなのもよくわかります。

    私の場合に限れば、BBCのドキュメンタリーなどをみる際は、SVOCと品詞にかなり頼っています。そもそも4技能という言い方が私には不可解でして「結局、全部英語やんけ。なにやるにしても本質を抑えときゃあとはなんとかなるもんや」とずっと生徒たちに言っています。


    次に「文法」という言葉ですが、これはおそらく日本人全体で誤解招いている表現だと思っています。日本人のつかう「文法」とは「イディオム表現・語法」と「英文の基本ルール」がごっちゃになって表現されているとかなり確信を持っています。

    私は「英文の基本ルール(SVOCと品詞)」は強く叩き込みます。しかし「イディオム表現・語法」は自作資料&自習&質問ベースで対応しています。なぜなら「イディオム表現・語法」は標準用法から外れているものを集めているので、そこだけ集めると「英文法雑学博士」になります。

    具体例をあげると worth doing がありますよね?なぜこれが文法書に載っているかというと I am happy to see you. のように形容詞を動詞で説明したい場合、不定詞(副詞用法)に変形して修飾するという「標準用法」があり、そこからはずれて「前置詞なしで名詞を置いて形容詞の説明(非標準用法)」とかたちになっているからです。

    I am very happy. のように形容詞を説明するのは原則、副詞の役割です。その副詞用法が不定詞にあるのは中学英語でもやりますよね。実際には「it's worth a try!」のように名詞を置く形で使えます。ということは先ほどの worth doing は「動名詞」となります。もしかすると worth (in) doing のように前置詞が抜けた用法から派生しているのかもしれません。

    いずれにせよ「標準用法」ありきの「非標準用法」ですから、イディオム・語法を覚えさせるなら「標準用法(SVOCと品詞)」の解説があってしかるべきと考えます。


    最後に、集団授業ですが先生はレベル判定ができますが、子供たちは自分では自分のレベルがわかりません。現場の先生は「レベル別クラス」をしたくて仕方がないのはよくわかります。僕が個別(レベルがあえば2~3人まで)で塾をやっているのは、それが理由です。

    現場の英語の先生の能力に加え、文部科学省が決めたやり方で全適応させること自体が無理がありますね。英語教師個々の力量如何の話は抜きにしても、もはや官僚機構の制度疲労なのだと推測します。私個人も何かの組織に入って英語をやるのは不可能だと思います。英語は会話がベースなので、やはりほかの知識ベースの学問・科目よりも、より個々の対話が重視されるべきだと思います。そうなると英語だけでもレベル別、少人数対応などがやはり学校でも適応されるほうが良いと考えます。


    ここからはお願いですが、こういった英語教師が抱えてる課題意識や問題意識も生徒さんたちと共有してもらいたいと思います。生徒のほとんどはバカでもわがままでもなくて、悩みながら頑張っています。でも「どうせ無理だ」「あの先生は押し付けてくるだけだ」「解説もなく理不尽だ」と思うとやる気がガクッと落ちます。学校の体制上、細かな指導がしたくてもできないですし、どうしても塾や自習に頼らないとうまくいかない部分はあるのは事実なのですから。

    ただ国語力の弱い子は英語どうこうの話ではないのは私も重々承知しています。うちに限れば数学・国語の両方が2以下なら、一度入塾はお断りをして、3になってから受けることにしています。英語はできなくてもいくらでも仕事はありますが、日本語・算数ができないとなにもできません。こういった科目間の優先順や調整が英語教師単独ではできないことも学校では苦しいところですね。英語力単体より、国語力不足の子に対する集中的ケアが実は大きな課題だと思います。


    あとSVOCと品詞の指導は高校の範囲内ですが、「質問に来れば本当の英語ルールを教えてあげるよ」というようにこっそり言ってあげてほしいと思います。平均点以下でもSVOCと品詞でよみがえる子は確実にいます。その子がよみがえるときは一気にトップ層に跳ね上がります。彼らの自信たるや「自分は英語を理解している」というオーラを出します。テストに出る内容を覚えて点数を取ったことからくるものではありません。

    もちろん、そこまでひとりの教師では対応できないのも事実だと思います。であれば、不都合な事実を生徒に言わないことは先生として誠実なのでしょうか?そんなごまかしによって本当の被害を受けるのは生徒ではなく、理不尽なことを強制されて大人になって、他人にも理不尽を強制することを気にしなくなった人間を大量生産した日本の社会そのものだと思います。低質な教育による最終的敗者は社会そのものです。

    私には本当に尊敬し、感謝できる先生が何人かいます。力量のある先生が自分の可能性を信じ、成長を誠実に厳しく見守ってくれることより大きな安心感は生徒としてこれほど大きいものはないでしょう。そういった信頼関係を築く第一歩は、「不都合な事実の共有」と「困難であっても効果のでる対策」を示すことだと思います。